フキゲン・ハートビート


そのあと、彼は律儀にウチまで送ってくれた。

飲んでいるから、もちろん徒歩で。


なぜかゾロゾロ出てきたお父さんとお母さんに対面しても、彼はひとつも顔色を変えなかった。

それどころか、遅くまですみません、蒼依さんとお付き合いさせていただいてます、半田寛人といいます、なんて淡々と挨拶されたときは、正直コッチがどんな顔をしたらいいのかわからなかった。


あー、あたしたちつきあってんのか、そうだよね、ウンウン、

とか、冷静ぶって心のなかで言いながら、本当は顔から火が出そうなくらい照れくさかったし、そわそわしていた。


お母さんはもう大騒ぎ。けっこうな深夜なのに。すっぴんなのに。

それと反対に、お父さんはオウとだけ言って、そそくさと奥へ引っこんでしまった。


あの黒い傘は、5年ぶりに寛人くんのもとへ帰っていった。

お母さんがあわてて持ってきたのだ。


バンド応援してるわね、将来のムスコがミュージシャンなんてすごいワ、

とかなんとか、鼻息を荒くしながら言うお母さんに、寛人くんはハイと答えながらもちょっと笑っていた。


死ぬほど恥ずかしいよ、お母さん、もう寝てくれよ。




――それが、つきあい始めたあとの、全部。


本当にあわただしい日だったなあと、いちいち思い返しては笑えるし、恥ずかしいし、ほんの少しだけ、きゅんとしたりもする。


東京にはふたりでいっしょに帰った。

また同じ、学校行って、バイトして、たまに寛人くんチにゴハンつくりに行って、という感じの、変わらない日常が戻ってきている。


前と違っているのは、

あたしが時々あのモデルルームみたいな部屋に泊まるようになったことと、
休日にふたりで出かけたりするようになったこと、くらいだろうか。

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