フキゲン・ハートビート
「――なあ、ホンマにやばい」
お手洗いのドアを開くなり、ほんのり頬を赤く染めている新奈が、鏡の前で髪を整えながら言った。
「……やばいって、なにがよ?」
「ナニガって、決まってるやん、洸介が!」
ああ、やっぱりそういう話ね……。
ため息をついたあたしになどかまわず、新奈は興奮したような顔でコッチに向き直る。
「近くで見るとホンマにカッコイイねん」
「へえ」
「ほんでな、メッチャ優しいねんか」
「ほお」
「いっぱい話聞いてくれるねん。時々チョット笑ってくれるねん。もう全部カッコイイねん。やばい」
「ああ、そう……」
迷惑だと思われていないといいけどね。
洸介先輩も、キサさんも、そんなふうに思ったりする人ではないだろうけど。
「やばい、ホンマに……」
最後はひとり言みたいにそうこぼし、両手で頬を包みこんだ新奈を見て、すごくイヤな感じがした。
だって、前の彼氏とつきあう前も、新奈ってこんな顔をしていた。
その前も、そのまた前も……、それより前のオトコのことは知らないけど。
「……あのう、新奈サン、まさかとは思うけど」
「ウチ、洸介のこと、異性として恋してもーたかも……」
――ハイ、ビンゴ。
「どうしよう~、蒼依!」
「どうもこうもないよ……、やめとこ、新奈。洸介先輩は間違いなく“芸能人”だよ」
「そんなんわかってる」
「それにキサさんっていう恋人もいるわけだしさ」
「それもわかってるもん」
本当にわかっているのなら、そもそも恋なんてしないでしょうに。