フキゲン・ハートビート


食事のあと、彼は本当にウチまで送ってくれたのだった。
俊明さんから譲ってもらったという、あの車。


「ていうか、ほんとに家近かったんだねえ! 歩けるくらいじゃない?」

「徒歩だと30分以上かかるだろ」


シートベルトを外すあたしを横目に見ながら、興味なさそうに声を出す。


でも、返事、スゴイしてくれるようになった気がする。

きのうの飲み会ではほとんどシカトこいていたことを思えば、これはかなりの成長だ。


「……あ。そうだ、洋服はまた今度、洗って返すね」


ゲロまみれになってしまったらしいシャツにかわって、いまあたしを包みこんでくれている黒いスウェットは、まぎれもなくこの男のものだ。

助手席側のドアから覗きこむようにして声をかけると、つり目がコッチを一瞥して、ちょっと考えるような顔をした。


「いいよ。やる」


そして、なんでもないようにそんなことを言った。


「え!?」

「安もんだし、捨ててくれればいいから。返してもらったりとか、面倒」


昔から面倒くさがりなやつだとは感じていた、
けど、ここまでとは思わなかった。


「でも、あたしの服は……」

「……あー。とりあえず、いまクリーニング出してるから、終わり次第なんとかして返す。トシさんと連絡つくんだよな?」

「うん……、そうだけど」

「なら、そういう経路がいちばんいいよな」


そうかな。
いちばんいいのは、あなた様があたしへ直接返してくれる、というルートじゃないかと思いますが。

< 82 / 306 >

この作品をシェア

pagetop