手の届く距離


覚醒は唐突だった。

ハッと目覚めた時に目に入ったのは、見慣れた自分の部屋で、目の当てようがないほど散らかっていないことに安心する。

少なくとも、脱ぎっぱなしの服が散乱したり、あれこれ試した化粧品が出しっぱなしにはなっていなかった。

現実と夢の狭間に落ちたふわふわした記憶は、何が現実で、何が夢だったのか、定かじゃない。

記憶が飛ぶ、というのはこういうことなんだと学習する。

お酒の限界も覚えた。

気持ちはいいし、楽しいが、外でこの飲み方は危険だ。

時計を見ると、いつもの起床時間とそれほど変わらない。

そういえば目覚まし時計をセットせず眠ってしまったのに、自然といつもの時間に目覚める自分を褒めてみる。

昨日あれだけ飲んだ後にも関わらず、意外と目覚めは爽やか。

そろりと布団から抜け出し、立ち上がる。

前言撤回。

爽やかではない。

まだ少しふらつき、明らかに酔いが残っている。

吐き気ほど強くはないが、なんとなくすっきりしない、もやもやした感じが残る。

いわゆる二日酔い。

お酒はこうやって覚えていくんだなあと思いながら1階に下りる。

「あら、祥子。おはよう」

家族の朝食を作っている母が駆け寄ってくる。

母が迎えてくれたのは覚えている。

突然背負われて帰ってきた娘を見て、信頼を裏切った気持ちで謝る。

「おはよう、昨日はごめん。びっくりしたでしょ」

「そうね。昨日はさすがに飲みすぎよ。家にはちゃんと自分の足で帰ってらっしゃい。あと、お風呂。化粧落としてないでしょ」

緩慢にうなずいて、浴室に向かう。

洗面所に向かっている弟が顔をあわせた瞬間嫌そうに顔をゆがめる。

「うわ、姉ちゃん酒くさっ!あーあ、来年は俺もこうなってんのかなぁ」

「来年アンタはまだ未成年でしょ。まずは現役合格。しっかり勉強しな」

二つ年下の弟は受験生真っ最中。

なのに、なぜかおしゃれを止めない。

その情熱も勉強に向けたらもっと成績が上がると思う。

「昨日の夜、うるさいなぁと思ったら、男と帰ってきてびっくりだよ。いつの間に彼氏できたんだよ。兄ちゃんの制裁が下りるんじゃねえの?」

私をかわいいと言ってくれる数少ない身内である兄は、身を守る術を教えてくれた。

ケンカの延長線上で、師弟関係。

そんな兄も、去年から公務員。

警察官だ。

休日の決まってない仕事だし、なかなか実家に帰ってこないが、会うのはいつも楽しみ。

「言いつけは守ってるもの。受けて立つわよ」

こんなことを言うのは、共働きの親より、兄の方が何かと傍にいて面倒を見てくれていたから。

「ほう、じゃ、兄ちゃんに言っとくね。姉ちゃんが男に背負われて帰ってきましたって」

私にはわからない微妙な髪の立て具合を調整しながら言う弟から兄に説明されたら変な誤解を招きかねない。

「ごめん、やっぱ守れてないよね。自分で言って、自分で鍛えなおしてもらう」

「マジかよ、姉ちゃん懲りないなぁ」


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