手の届く距離
元々喧嘩っ早い私は兄の指導と言う名の護身術を喜んで受けるが、弟は汗臭いことは嫌い、兄には近寄らない。

仲はいいけれど、ずいぶん両極端な兄弟なのだ。

ガタイがよく強面で肉体派の兄、優しい顔だがひょろっとして頭脳派の弟。

当然、体育会系の兄と、ゆったり系の弟という構造ができる。

お風呂に入る準備をしながら、いつまでも、髪の毛をセットしている弟を急き立てる。

洗面所は脱衣所でもある。

「そろそろ、シャワー浴びるからセット終わらせて出てってよ。学校行くだけでしょ」

「はぁ?こっちが先にいたんですけど。もうちょっと色気出してくれるといいんだけどな。姉ちゃんいてもちっとも役得感ねえもん。もうちょっと出るとこ出してさ」

弟は片目を瞑って鏡に映る私の姿に、理想のボディラインを描く。

失礼な線を描く弟の指を掴んで手の甲に向かって曲げてやる。

「失礼ね。これでも言い寄られて困ってたんだから!いつまでも洗面所占拠するな受験生。勉強しな」

「イタイ!世の中には物好きはたくさんいるんだなぁ。勉強だってねーちゃんよりはずっとやってるよ。大学入ったら一人暮らしするから、姉ちゃんも洗面所占拠し放題だよ」

弟は無事に指を奪取して、私にちらりと視線を贈っただけで、興味は自分の髪型に戻る。

すっかり追い越されてしまった身長を自覚する首の角度で弟を見上げる。

「あんたはいつも考えが甘いのよ!合格通知もらってからいうのね。自分のことかっこいいとか思ってる勘違い男に物好きって言われたくないわ」

「俺かっこいいもん。この間もストリートスナップ頼まれたし」

向かってポーズを決める弟と鏡越しに目が合う。

確かにかわいい顔をしていると思うが、まさか雑誌に載るとは。

「嘘、何、どこの?見たい、見たい!」

髪のセットを再開した無防備な弟の左腹に抱きつく。

「載るかはわかんねえよ。載ったら送ってくれるって。届いたら見せるからくっつくな!姉ちゃん女の自覚しろよ。酒臭いし!彼氏できたんだったらそっち行けよ」

「あら、かわいいこと言うじゃない。残念ながら彼氏はいなくなっちゃったけど」

兄は誰が見ても明らかに私に甘いが、弟だってかわいいのだ。

結局なんだかんだ言いながら、女子扱いしてくれるし、かなり意識してくれている。

いや、時々自分の意識から抜け落ちるが、そもそも女なんだ。

「あーあ、昨日の兄ちゃん据え膳だったのにかわいそう。じゃ、お風呂どうぞ」

「そんなんじゃないって。昨日は騒がしくしてごめんね」

洗面所から出て行く弟がひらりと手を振って応える。

かわいい弟との会話で、少し頭の回転が戻ってきた。

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