手の届く距離
二日酔いの時は、サウナとか運動はしないほうがいいと聞いたことがあったので、シャワーだけで済ます。
頭からシャワーを浴びると残っていた酔いも気だるさも流れ落ちていく。
昨日はつぶれて晴香さんに迷惑を掛けたから、まず連絡して、誠さんがいたから誠さんにもよろしく伝えてもらって。
そういえば、途中から川原がいた。
家まで送ってもらっちゃったんだよね。
あ、部屋に入ってもらった気がする。
くちゃくちゃではなかったけど、片付いていない部屋を見られたのは恥ずかしい。
口封じとお礼をしなければ。
今日は授業がないけど、ディナーからのシフトだったはず。
それまでにレポートまとめて、川原に過去問あるか探してあげなければ。
待った、川原の選択授業ってなんだったかな。
そもそも過去問欲しいって言った?
なんでそんな話になったんだ?
そう、名前を呼ばれて、勝手にいろいろ推測したんだ。
で。
「あ」
頭からシャワーを浴びていたから目を閉じていたけれど、思わず目を開けてしまう。
顔に掛かるお湯を手で払って俯く。
自分の額を手で覆いながら、触れた柔らかさを思い出す。
「川原だったよね?」
何の意識もしていなかった男の子に告白されたら、意識してしまう。
お湯の流れる床を眺めながら、恥ずかしい気持ちがわいてくる。
しかし、すべてが夢だったような気がするので、川原は本当にいただろうか。
まさか誠さんじゃないでしょうと、思いいたり血の気が引く。
いや、それならそもそもキスされたのが現実だったかすらも怪しい。
急いでシャワーを終えて、バスタオルを一枚巻いただけの格好でリビングに向かう。
食卓についていた父親がコーヒーを吹きかけて咳き込むのは見なかった振りをする。
「お母さん、昨日誰が連れて帰ってきてくれたの」
「まあ、祥子ったら、服くらい着なさい。風邪引くわよ」
母に肩を抱かれながら一緒に自室に向かわされる。
「いいから!」
「えっと、お泊りさせてもらった晴香さんでしょう、おっきな車の運転手さんが晴香さんの彼氏さんですって。クールで素敵だったわぁ」
ふっくらした頬に手を添えて母が笑顔をこぼす。
少なくとも、母親の好みの顔ではあったようだ。
「誠さんの感想はいいから。2人だけ?」
「えっと、ほら、名前忘れちゃったけど、ほら、部活の後輩でどっちかっていうと大きくてたれ目のかわいい子」
やっぱり川原だ。
よく母に差し入れを運ぶ手伝いをしてもらっていて、顔を知っているから間違えないはず。
「それ以外は?」
「3人だけよ。一緒に飲んでたんじゃないの?まあ、今回を教訓にして、お酒の飲み方には気をつけなさい」
「ありがと」
確信して、階段を駆け上がる。
手早く服を身につけて一応の体裁を整える。
気がつくと、また色気のないジーンズを選んでしまった。