手の届く距離

3秒だけ自分の姿を見下ろして今はいい、と迷う自分を納得させる。

それよりも、携帯。

間違えて川原を呼びつけてしまったのだろうか。

そんな迷惑極まりないことをやらかしてしまったのかもしれない。

自分が持っていった鞄が見当たらず、そんなところに片付けるはずのないタンスの中まで覗いてしまう。

絶対にお酒なんて飲まないと思うくらい焦る。

携帯も大事だけれど、カバンには財布も入ってる。

クレジットカードだって、店においてきたりしたら!

再びリビングに駆け戻る。

「カバンごと店においてきたかも!」

「ご飯食べられるなら食べなさい。カバンもちゃんと持ってきてもらってるから。また晴香さん連れてきてね。何回話してもあの子楽しいわ」

あっさり解決した忘れもの事件に胸をなでおろす。

リビングに転がる見慣れたカバンの中から、どれ一つ大事なものは抜け落ちていない。

携帯を確認してみるが、昨日の日付では川原への発信履歴も、メールもない。

「晴香さんか」

時間がまだ朝早かったので、ひとまず朝食を取り、部屋で化粧をしているうちに晴香さんから電話がかかる。

通話ボタンを押して、まくし立てる。

「晴香さん!おはようございます。ちょっといろいろ言いたいんですけど!」

『やだぁ、祥ちゃん超元気じゃない。心配して損したぁ』

のほほんとした晴香さんの変わらない様子。

「まずは、迷惑をかけてすみませんでした。ありがとうございました。誠さんにもそうお伝えください。誠さんまで巻き込むつもりはなかったんですけど」

『よしよし、さすが祥ちゃん。誠、聞こえた?祥ちゃんがすみませんとありがとうだって。で、言いたいことは?』

どうやら朝早くから一緒にいるらしい。

一人暮らしの誠さんの家に転がり込んだのかもしれない。

恋人同士なのだから好きにしてもらったらいい、問題は川原だ。

「川原ですよ!関係ないのに呼び出したんですか」

『しょうがないじゃない、道案内が必要だったんだからぁ』

当たり前のようにいう晴香さんの魂胆はわかった。

「道案内?晴香さん、私の家、何回も来たことあるでしょう!」

『うーん、やっぱり後輩君はよくても、祥ちゃんには通用しないわねぇ。ちょっとしたキューピットになりたかっただけよぉ。そんなに怒らないで』

当事者なのだから当たり前の指摘をしたが、川原はあっさりだまされてくれたらしい。

「もう!晴香さん、川原のこと気に入ってるのはわかりまますけど、巻き込まないであげてください。従順なワンコなんだから、呼んだら来るんです」
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