手の届く距離
3cm
川原健太:休憩と力関係
俺が想うのはダメだとわかっていた。
「好きです、祥子先輩」
「川原が言ってんじゃねぇよ」
「すんません、じれったくて」
祥子先輩と刈谷先輩が向かい合っているのを一緒に覗いていた先輩から小突かれる。
零れた本音がキャラで誤魔化されたことに感謝する。
キラキラしている笑顔とか、精一杯応援してくれる姿とか、背伸びして大人をしている姿とか。
だらけた委員会の空気を一括した中学の時の凛とした姿は高校のマネージャーをやっている今でも同じだった。
中学の時は、キリっと真面目な顔ばかり見ていたが、今は一緒に笑いあえる。
部活の仲間として。
でも、男として意識して欲しいと思うのは贅沢なのだろう。
先輩が熱い視線を送る相手が、刈谷先輩だということは知っている。
1年で部活に入った瞬間から、わかってしまって、憧れが好きに変わったら辛かった。
祥子先輩を応援するというたび、自分の気持ちを押さえつけて、隠して笑顔を作る作業の連続だった。
ちゃんと無害のかわいい後輩を演じられているかを、何度も確認した。
だからこそ、そんな俺に祥子先輩は刈谷先輩の好きなところとか話してくるわけで、聞いているこちらとしては胸に穴が空きそうだったのだ。
それでも、そうやって学年の違う俺とは二人きりになってもギクシャクしない先輩との距離感は好きだった。
俺だけの特等席だと思って、それだけで満足していた。
しなきゃならなかった。
そう、刈谷先輩と祥子先輩はうまくいくに決まっているから。
俺が出る幕はない。
お互いが意識しあっているのを傍で見ている俺の気持ちを考えて欲しいくらいだ。
そんな刈谷先輩が祥子先輩に告白するのを体育館倉庫に部員大勢がひしめき合って、固唾を呑んでこっそり見ていた。
部員全員で二人を応援しているのだ。
それくらい、わかりやすい二人だったし、先輩が引退するこのタイミングが、告白のラストチャンスだろうとみんなが確信していた。
もし俺が刈谷先輩でもそうする。
まだ試合が続くうるさい体育館からの声と、予想通りカップル成立に声を殺しながら沸いたデバガメ隊の歓声に俺の儚い恋心は押しつぶされた。
そんな祥子先輩とも、先輩の卒業とともに疎遠になっていたが、まさかのバイトと大学が同じというミラクルが起きるなんで、誰が想像しただろうか。
そして、詳しくは知らないが先輩が刈谷先輩と別れたのは祥子先輩と同じ学年の先輩から聞いていた。
ということは、今なら先輩はフリー。
なのに、俺には、かわいい彼女が半年以上前からいる。
人生のタイミングというのは意地悪で難しい。
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