手の届く距離

「川原、隣に並んでよ」

顔が見える位置を歩かせる。

川原が足を速めて隣を同じ速度で進み始めるのを見て頷く。

「川原さ、晴香さんのこと好き?」

「どうしたんすか急に。そりゃ好き嫌いで言うなら、好きっすよ」

間髪いれずに返事をした川原の笑顔に安心する。

この反応は予想していた。

「私のことも好きだよね?」

表情をしっかり確認しながら川原の答えを待つが、川原は目を開いて目を逸らしてしまう。

「もちろん、好きっすよ。何の罰ゲームっすか」

目を逸らすだけでは飽き足らず、道路のほうに顔を向けて、表情を隠してしまう川原に確信した。

今まで、なぜ気付かなかったのかと思うくらい、明らかな反応。

短い髪から覗く耳まで赤くなっている。

晴香さんのいう、面白い反応というのはコレか。

「だからあんなことしたの?」

今なら追及しても不自然ではない気がして、欲が出た。

「あ、あれ?ってどれ?!」

急に立ち止まった川原に合わせられず、顔だけ数歩遅れた川原を振り返る。

重心は後ろに下がっているし、顔が引きつっている。

視線はあちこちに飛んで挙動不審。

「何もしてないって言うの?それとも、心当たりがありすぎるの?」

彷徨っていた視線が、おずおずと合わされる。

「怒ってないっすか」

大きな身体が小さくすぼめられており、いたずらをした大型犬がうなだれている姿が重なる。

そんな姿に笑いがこみ上げてくる。

「怒ってるわよ、何やってるのよ!」

笑いながら言っても信じてもらえないだろう。

「めっちゃ笑ってるじゃないっすか。どんな風に怒ってんすか!逆に怖いっす」

ついに後ずさり始めた川原を手招きすると、川原は私の手を警戒しながら隣に並ぶ。

「怒るわよ。何で寝てる時にこっそりするのよ。男なら堂々としなさい」

逃げ回っていた川原が、観念した顔で勢いよく頭を下げた。

「すみませんでした!つい出来心で。寝込みを襲いました」

白状した。

眠っている間にでこチューしたのは、こいつだ。

「やっぱり、川原か」

「え?」

「カマかけてみました」

うわぁ、完全に引っかかったと原付にすがりながらしゃがみこむ川原を眺める。

昨日の夜の出来事は、夢じゃなかったことも実感する。

広瀬さんとの思い出を上書きされるような、優しい触れ方だった。

「ねえ、何で私?どこが好きだったの?」

敢えて、広瀬さんに投げかけた質問をする。
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