手の届く距離
「ホントっすよ、みんな先輩のこと大好きだったんですから」
自然に告げられる友愛にすら、照れる。
「もういいよ。おしまい」
何を言われても恥ずかしいばかりの話を切り上げたかったのに、川原の話は続く。
「先輩が聞いたんじゃないっすか。最後まで聞いてくださいよ」
顔を逸らしても、覗き込まれる顔を押しやる。
「祥子さん、刈谷先輩と付き合っちゃったから、その後は、申し訳ないんですけど、それからずっと好きだったわけじゃないんっすよ。由香里と付き合ってたときは、由香里が好きだったし、ちゃんと彼女だと思ってたんで、その期間は違うと思うんです」
「そこも入れられたら微妙だわ」
律儀に断りを入れる川原に苦笑する。
川原の話はそれ以上続かず、きょとんとした顔の川原がこちらを向く。
私も足を止めて川原を見返す。
「で?」
「でって、これ以上ないっすよ。今に至ります」
垂れ下がる眦を眉毛が追って下がる。
川原の好きな気持ちは真っ直ぐだけれど優しいベクトルで、受け取ろうとしなければ消えてしまいそうだ。
「後半ざっくりしすぎでしょ」
「だって、もう今のことじゃないっすか。現在進行形っす」
「まあ、お互いいろいろありましたし?」
苦笑いを合わせて、同じような気持ちでいられる川原に感謝する。
「祥子さんが落ち着いてから言うつもりでしたけど、俺の気持ちを聞いたのは祥子さんっす。告ってもいいなら、俺言いますよ」
それこそ、広瀬さんと決定的な別れ話をしてまだ、4日だ。
切り替えが早すぎると言われたら言い返せない。
まあ、付き合っていたと言えないから、よしとしてもらえるだろうか。
「言われないのもモヤモヤするけど、宣言されてから言われるのも何か違うな」
「理想とは違うかもしれませんけど、理想はまた教えてください。再現努力はします」
いつもは比較的大げさだし大騒ぎする川原が、静かに話す。
自転車を一台挟んで、川原と向かい合う。
「祥子さんが好きです。付き合ってください」
川原は原付を片手で支えて、身体を深く曲げ、右手を差し出してくる。
テレビで時々見かける。
小さく揺れる手を取ってしまってもよいか、少しだけ迷う。
少なくとも、刈谷先輩や広瀬さんに抱いていた憧れや強いときめきは抱いていない。
返事は、「ごめんなさい」もしくは。
「よろしくお願いします、かな」
輝く笑顔が弾けるように持ち上がる。
そんなキラキラとした気持ちではないことを断っておかなければならない。
「悪いけど、あんまり川原にときめいてないの。だから、好きになるのはこれからだけどいい?」
大好きとはいえない。
けど、好きじゃないなんてことはない。
間違いなく、傍にいて安心する相手ではある。
年下に、ましてや後輩にかわいくする習慣がなくて、甘い雰囲気の出し方がわからない。
川原と私の間には自転車があって、川原も原付を手放せないから、一応、差し出されたままの手を軽く握る。
「ドッキリじゃないっすよね」
「いつのまに芸能人になったの」
きょろきょろ周りを見回す川原から引こうとしたら手を強く握られる。
「本気ですよ。冗談にしませんよ」
いつもの笑顔を落として、真剣な顔に、一瞬息を呑む、
川原はめげないでいてくれる。
「俺、長年片思いやれるくらい、超気長なんすよ。これから積極的に祥子さんをときめかせます。ちなみに、ときめくってなんすか」
強気で押してきたと思ったら、最後までかっこよく決められないのが川原か。
「あーもう、そこから指導ね」
「よろしくお願いします」
頭を下げる川原の頭が、ちょうど撫でやすい位置にあるのだ。
もう一度頭を撫でてやる。
「頭撫でていいのは、祥子さんだけなんで、祥子さんの手も、俺専用っすよ」
ちらりと視線を上げて見上げてくる川原のかわいい独占欲に、まだ手の届く距離にある前髪をあげて、額にキスを落としてあげる。
「まずは起きてるときにコレくらいできるようになってよね」