手の届く距離
小さな弱みを握った気分になり、そらされる顔を逃さず観察する。
警戒心の強い猫のようにこちらの出方を警戒しながらも、ツンと顔を背けて強がっている。
「女子力のある人は『うっさい』なんて言わないんじゃないっすかねぇ」
そもそも、女子力の定義がわからないが、たぶん女らしさみたいな意味だろうと踏んで、祥子さんを追い詰める。
「あー、もう!川原と話してると高校生に戻ったみたいになんのよ!今は丁寧にしゃべるようになったもの」
祥子先輩は手にしていたフォークを皿の上に放り出して大げさに両手で顔を覆ってしまう。
想像以上の攻撃力を持つ発言だったらしい。
祥子さんは時々、荒っぽい言葉遣いになるし、何より乱暴だが、それは言うことを聞かない部員が悪いわけだし、女性なのは変わらないのだから、苦にする必要もないと思う。
その辺は女性にしかわからない気持ちなのかもしれない。
確かに、乱暴な言葉遣いも、過ぎれば気になってしまうが、生まれた家庭環境や生活環境が言葉遣いを左右する要因だし、違う視点から見れば本人の魅力にもなる。
「祥子さんが気にするほど気になりませんよ。俺はそんなに気にしたことなかったし。気にして見え張ったらしんどいじゃないっすか。大丈夫ですよ」
必死のフォローに、祥子さんはようやく顔を隠してしまった両手を、そろそろと両目が覗く分だけ開く。
自分が知らない1年の間にずいぶん女性らしさについて考えるようになったのだなぁと、先輩に向かって失礼な感想を抱える。
元々あったが、そういった発言を部活には持ち込まなかっただけかもしれない。
「・・・川原のくせに、生意気」
「すんません。今リア充してるんで、恋人募集中の祥子さん相手なら、恋バナは上から目線っす」
調子に乗って胸を張ってみる。
祥子さんに彼氏がいないことは、少し化粧の濃い晴香さんと話をしているのを聞いてしまって知っていたし、一応今のところ、俺には現在進行形で可愛い彼女がいるのだから、大きく出られる話だ。
実際のところは、付き合っているといっても、うまくいっているとはとても自信がなくて言えない。
最後に会ったのがいつかすら思い出せず、頭を過ぎる悪い予感に一瞬顔をしかめるが、いい方向にだけ思考を向けて幸せそうな顔を作ってみる。
ノロノロとペンネを口に運ぶの再開していた祥子さんが、悪魔が浮かべるようなニヤリ顔をしたことに、何やら地雷を踏んだ確信した。
ヤバイ。
妹が同じ顔をすると、後が面倒なことを学習している。