手の届く距離
祥子さんは完全勝利の得意気な顔を、組んだ両手の上においてこちらを見据える。
「なんだったら、相談に乗ってあげるわよ。どっちとっても可愛い後輩だし。お姉さんを頼ってちょうだい」
祥子さんの顔を見ないようにまた机に顔を伏せて、白旗の代わりに両手をあげる。
降参だ。
相談するのはいいが、相談した内容は、由香里に筒抜けになるというオプション付きになってしまいそうだ。
祥子さんには絶対相談しないし、愚痴も言わないようにしよう。
機嫌よくラストスパートのペンネに手を伸ばす先輩を、机に頬を乗せたまま見やる。
名前を呼んでくれない気になる人と、言葉遣いに関しての憂鬱は追いやられたようだ。
祥子さんは、お姉さんとか先輩とか年上であることをアピールしてくることが多い。
弱小とはいえ、バスケ部は体育会系部活の端くれ。
学年での上下関係ははっきりしている。
「年のこと言われたら、一生勝てないっすよ」
ましてや、1月生まれの俺と、4月生まれの先輩では、学年の差は1つだが、年齢は2歳差になる期間のほうが長くなる。
同い年になるチャンスが一瞬もない。
4月といえば今月だ。
「そういや、先輩二十歳になっちゃいますね」
「そう!ついに。次の飲み会はおおっぴらにお酒もタバコもOKになるわ。あ、思い出した、ゴールデンウィーク入る前に、歓迎会するから、予定聞かせて。幹事やるから」
「へえ、ココのスタッフみんな結構仲いいし、楽しみっす」
「店長も広瀬さんもOKくれたし、かなっぺなんて即答でOKくれた。それもどうなの、って話だけど。村上姉さんはお子さん連れてっていいなら、少しだけ顔を出すかもって言ってた」
俺を含めてキッチンスタッフが3人、先週入ってきた女子スタッフかなっぺ。村上さんはランチタイムメインで入るお母さんだ。
元々バイトで回っている店の大半が大学生なので、この春の時期は入れ替わりが激しい。
所属人数も多いと思う。
「バイトがなきゃ大抵空いてますよ」
「川原、ゆかぴょんとデートとか、新歓コンパとかの予定ないわけ?」
かなっぺと同様、即答するのは『どうなの?』ってことらしい。
「もちろん遊びますけど、無理言って親ローンで原付買ってもらったんで、出来るだけ早く稼いで早く両親に返したくて、必死にバイト入ってるんすよ」
親ローンを払い終わったら、車の免許を取りたいし、デートもしなきゃだとお金がいくらあっても足りない。
「そんもの?やっぱりゆかぴょん寂しいんじゃないかな。さて、川原、ご馳走様でした。ラストまでもうひと頑張りしましょ。皿は持って行くけど、洗うのはよろしく」
二人分のパスタ皿を取り上げて、姿勢よくスタッフルームを出て行く祥子さんの後を慌てて追いかける。