手の届く距離
「無事盛り上がってくれてます。店長なんて開始時間ぴったりに来て、だいぶ出来上がってますから。絡まれるのは確実ですよ。広瀬さんは今日飲めますか?」
「もちろん、そのために今日は必死で仕事頑張ったんだよ」
結局遅くなっちゃったけどね、と広瀬さんは肩を竦める。
広瀬さんの歓迎会で、かなりの量を飲んでいたのが記憶から、お酒の席も、お酒も好きなんだろうとは思っていた。
「お疲れ様でした。じゃあ、案内しますね」
みんなの元に案内しようとしたら、広瀬さんに慌てて止められる。
財布を取り出した広瀬さんから諭吉さんを差し出される。
「シラフのうちに会費払っておくね」
しかも、おつりはいらないなんて、一度は言ってみたいリッチなセリフとともに。
学生が大半の歓迎会は安い店を選ぶので、会費の倍以上の金額を出しておつりはいらないなんて太っ腹すぎる。
「歓迎する人たち分はみんなで負担だし、伝えた会費、社員さん価格でちょっと多めなんで、そんなにもらったら申し訳ないです」
慌てて多すぎる金額に差し出された手ごと押し返すと、押し返した手とお札をあわせて広瀬さんの手にしっかり握られる。
重なった手と広瀬さんの笑顔に視線を行き来させてしまう。
「北村君、お願い。社会人というか、副店長の見栄張らせて。ここで押し問答すると寒いでしょう?早く店に入ろう」
手を握ったまま広瀬さんが店に向かうので、引っ張られる形で店の入り口をくぐる。
店に入ってしまえばすぐに手は離されて、手のひらにお札と握られた感覚だけが残った。
スマートすぎる対応にいろんな経験値が追いつかず、お酒の力だけじゃなく顔が火照る。
顔が見られないように、少し顔を伏せたまま広瀬さんを席に案内すると、広瀬さんは完全に酔っ払っている店長に呼ばれてあっさりにぎやかな雰囲気に溶け込んだ。
幹事の仕事として広瀬さんとのドリンクを追加注文してから、今の話を一刻も早く話したくて、机を挟んで川原と話している晴香の隣にすべり込む。
広瀬さんから預かった諭吉さんをテーブルにおいて、まだ早鐘を打つ胸を落ち着かせるべく、残り少ない自分のサワーを勢いよく飲み干す。
「あら、祥子ちゃんったら豪快ぃ。大丈夫ぅ?」
「祥子さんなら強そうなイメージありますけど、だいぶ顔赤いっすからね」
「幹事だし、そんなに飲んでない」
ジョッキを煽る行為がよくなかったのか、二人して口々に注意してくるのに、頬を膨らませて反論する。
隣の晴香さんには空けたジョッキを下げられ、向かいに座る川原は晴香さんが下げた私のジョッキと、片付けられずにテーブル残されていた空いているジョッキをいくつかまとめて持ち、ウーロン茶を頼みに立ち上がる。
なんという息の合った連携プレーだろう。
過保護気味な二人の様子に、そんなに酔っ払って見えるのだろうか、と膨らませた頬を戻してさする。