手の届く距離
今空けたサワーとビールを1杯ずつ飲んだくらいだ。
意識もはっきりしているし、足元がふらつくわけじゃない。
自分の頬をつまみながら晴香にきいてみる。
「そんなに酔っ払って見えます?」
「何変顔してるのよぉ。少なくともベロベロではなさそうに見えるわよ。それより、お待ちかねの副店長。横に行かなきゃいけないでしょう。今日一番の課題だったじゃなぁい」
摘んだポテトフライを顔の前に突きつけてくる晴香の言葉で、広瀬さんの話を思い出し、テーブルにおいた諭吉さんを見せる。
「その広瀬さん!たった今、大人でかっこよすぎるのを目の当たりにしました。聞いて」
呆気に取られる晴香さんのポテトを奪い、興奮冷めやらぬまま向かい合うように上半身をこちらに向けさせる。
「何、もうすでに進展ありぃ?私は、あーいうのタイプじゃないから、ちょっとしか興味ないけど、聞いてあげるわぁ」
仕方ない、という姿勢を見せながら、晴香さんの目は興味津々で輝く。
晴香さんが恋話に食いつかないはずがない。
「ちょっとどころじゃなく興味あるでしょう。まあ、進展は全然ないですけど」
両手を身体の前で合わせて、広瀬さんの手を思い出す。
「何されたの。耳まで赤いわよ、祥子ちゃん」
耳に手を伸ばしてくる晴香を防ぎながら、ハイスピードで飲んでいる広瀬さんを盗み見る。
手を繋ぐくらい、何てことない。
元彼とだって手つなぎデートどころか、最後まで経験している。
でも、広瀬さんのさりげなさ過ぎるスキンシップスキルにノックアウト。
付き合う前にこういうことできるってことは、遊びなれているとも考えられるのだけれど、今はその考えをねじ伏せて甘い余韻に浸る。
さきほどのやり取りをかいつまんで説明すると、晴香さんは人差し指を自分の唇に当てて、ぐるりと視線を回してから、ぐっと距離を詰めて声を落として囁く。
「それだけ?」
「それだけです」
真面目に返事をすると、晴香さんはお腹を抱えて笑い始める。
何事かと浴びてしまった注目を、適当に誤魔化して散らす。
あまりに笑い転げる晴香さんは、掘りごたつの中の足をそのままに、私の背中と壁の隙間に上体を倒す。
「もう、そんなに笑う?」
笑いを続ける晴香さんの姿にふて腐れるしかない。