手の届く距離
人の心配より、よっぽど晴香さん自身が酔っ払っていることを心配をしたほうがいい。
晴香さんは酔っ払うと口数も増えるし、よく笑うし、楽しそうだが、あまり顔色が変わらない。
そのほうが危ないらしいのだ。
大学の先輩たちだってそう言っていたし、今までの経験的にも。
晴香さんを落ち着かせるべく手だけ伸ばして背後に転がる頭を撫でる。
「祥子ちゃん、可愛過ぎるわぁ。なんで反応がそんな初心なのっ。お姉さんがいろいろ教えてあげるからね!広瀬さんって計算で動く人かと思ってたけど、祥ちゃんから話を聞くと天然タラシなのかしらねぇ」
晴香さんは小さく笑いをかみ殺しながら、私の手にはされるがままになっている。
「相手にされてないのか、意識されてること込みなのか、ナチュラル過ぎてわからない」
頬杖をついて、やっぱり広瀬さんに目を向けてしまう。
広瀬さんが参加表明者の最後だったので、歓迎会の参加メンバーはこれで全員揃った。
お腹を空かせた人たちもひと段落しているし、晴香に笑われた気分の凹みを、残されている料理の皿を片付けることで満たしていく。
晴香さんは私の背中を指でくすぐるように突いてくるが、酔っ払いの行為だと諦めて、晴香さんの気が済むまで好きなように放置してやる。
別に何か理由のある行動ではないはずだ。
害がないことは気が済むまでしてもらったらいい。
「広瀬さんって女の子の扱いに慣れてるのかしらねぇ。それはそれで心配だわぁ、元彼引きずってる祥子ちゃん預けるには不安要素大ねぇ」
いったいどんな話を聞いていたらそういう結論になるのかひどく疑問に思って、晴香に冷ややかな視線を送ってやる。
一応幹事の片割れを申し出てくれているはずだが、いつも以上にスキンシップを図ってくるところを見ると機能を果たしてくれない気配だ。
酔っ払って甘えているのだろう晴香を放置して、広瀬さんのところに行くわけにもいかない。
ムキになっても、酔っ払い相手では効果がないことはわかっているので、後日詳しく問い詰めてやるとして、いい具合に賑やかな場を見るともなしに見る。
適当に盛り上がってくれているので、まずまず合格の歓迎会だろう。
あとは、自分の下心をもうちょっと出せば完璧だ。
そう、広瀬さんに目を向けているのだから、別に刈谷先輩のことなんて忘れて、次に進んでるはず。
「だから、引きずってない」
こっそり、自分で確認するように呟く。