手の届く距離
「すんません、遅くなりました。祥子さんは何、引きずってるんすか?」

ピッチャーに入ったウーロン茶を持参してきた川原が向かいの席に戻ってくる。

折角もらってきてくれたものをありがたく受け取ってコップに注ぐ。

聞かれてしまった呟きには首を振って。

「晴香さんの勘違い。何を引きずってるか私も聞きたいくらい」

二人分のウーロン茶を確保してから、ウーロン茶いる人ぉー!とピッチャーを回す。

晴香にウーロン茶を飲むように促すと、素直にウーロン茶に一口だけ口つけたが、するりと私の右腕に左腕を絡ませて立ちあがる。

つられるように一緒に立ち上がると、晴香は有無を言わさず場所を移動し始める。

「ちょっ、ちょっと晴香さん?どこに・・・」

「広瀬さんのとこよ、当たり前でしょ。ってことで、後輩君、10分したら私のこと迎えにきてくれるぅ?」

「10分?迎えって?」

川原も突然のことに手を上げたり下げたりして晴香さんを止めるべきか放置するべきか迷っている。

「何でもいいから。いい男は黙って女の気持ちを汲むのぉ!行くわよ、祥ちゃん」

「晴香さん、絶対酔っ払ってますから、私のことは放っておいて・・・」

「祥ちゃんも、いい女は黙ってついてくる!」

「晴香さん!」

強引な晴香さんに、足をもつれさせながら何とか付いていく。

不満の声を上げてみても、晴香さんの行動を止める手立てにはならず、広瀬さんたちが盛り上がっているグループに割り込む。

晴香さんは難なく広瀬さんの隣をゲットし、私も引きずられるまま晴香の隣に腰を下ろす。

こちらの勝手を快く許して場所を確保してくれる広瀬さんたちになんだか申し訳ない気がしたが、折角のチャンスでもあるのは確かで、複雑な気持ちを晴香さんの押しの強さを謝罪する役を引き受けることで散らす。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、晴香さんは積極的にプライベートを聞き出す質問を投げ、店長と晴香さん自身の失敗談をさらし、一緒にいるメンバーを笑わせる。

・・・合コンは任せて、と以前言っていたことを思い出して、納得する。

自分で百戦錬磨を名乗るだけある。

「晴香さーん」

少し困ったような表情で川原がのんびりと声をかけてくる。

「えー、後輩君そんなに寂しかったのぉ、かわいいなぁ」

「もう、好きに言って下さい」

律儀に時間通り迎えにきた川原に、勝手な言い分を押し付けて晴香は席を立つ。

ぽっかり空いた広瀬さんと自分の間に目を落とすと、広瀬さんの方から距離を詰めてきた。

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