手の届く距離
「高島君のお守り、大変だね。北村君お姉さん気質?」
「お守りだなんて、晴香さんの方が結構姉御肌ですよ。私、男兄弟の真ん中なんで、女の子らしさを勉強させてもらってるんです」
少しだけかと思ったら、肩がくっつきそうなほど近づく広瀬さんに、適正な距離感を求めて座り直しながら答える。
広瀬さんも酔っ払っているのだろう。
「へえ、意外だなぁ。北村君、十分女の子らしいし、男兄弟いるって感じしないよ」
「今日は特別なんですって。スカートだって久しぶりに履いてみました」
恥ずかしくて見つめ返せないほどじっと見つめられて、目の前のコップに向かって話してしまう。
「じゃあ、そのオシャレは、誰のためだい?」
耳をくすぐるような広瀬さんの囁きは艶めいていて、空気を塗り替えるべく無駄に明るく声を上げ、冗談に聞こえるように話す。
「そりゃあ、絶賛女子力アップ期間なんで、自分のためですよ。あ、ここは広瀬さんのためって言わなきゃいけないとこでしたね」
「そうそう、そうこなくちゃ」
色っぽく迫られているような近さを解消して、広瀬さんも冗談として扱ってくれる。
大人の余裕なのか、真意は図れない。
ホントに広瀬さんに見せるためですよ、と上げた視線だけは熱を伝える。
どれだけこちらが暑い眼差しを送ったところで、言葉がなければ心は伝わらない。
こちらが広瀬さんに好意を持っているのは伝えていい。
しかし、恋愛感情を持っているのは見え隠れするくらいの位置がいい。
見せてしまえば、相手は安心して、追う気持ちがなくなってしまうかもしれない。
かといって、見せなければ、諦めてしまうかもしれない。
全面に恋愛感情を押し出して、関係が壊れるのも怖い。
広瀬さんの反対隣を陣取っていた店長が、広瀬さんの肩を組んで話しに割り込んでくる。
最初から呑み続けている店長は顔が真っ赤だ。
「祥子ちゃんは、まだまだ経験が浅いね!これからおっちゃんが教えてあげよう。夜はこれからだ」
「店長、僕は北村君と社交についての高尚な話をしていたんですよ」
広瀬さんは少し迷惑顔で、引っ付いてきた店長の手を払う。
「広瀬が高尚ね。この男は下心しかないから、ばっちりバスケ部で鍛えたシゴキをしてやってよ祥子ちゃん」
「いいですね。久しぶりにメニュー組みましょうか。ロードワークサボらないように自転車で付いていきますよ」
「うぁ、インドア派の僕には無理。おじさんすぐバテそうだ」
「今からおじさんだなんて。広瀬さん、おじさんかどうかは気持ちですよ」
「そうだよ広瀬。俺なんて永遠の美少年だ」
「店長に『美』はキツイわー」と他のスタッフも話に加わる。
店長が入ってくると軽い雰囲気に変わってほっとしてしまう。