手の届く距離
「二人で飲みなおそう」
「えっと・・・」
「もう少し静かなところに行かないかい」
俺は悪くない、と必死に言い訳しながら、耳を塞ごうにも、片手はコップで埋まっており、何とか手の甲で耳を塞ぐ。
「その、嬉しいです・・・けど」
耳をふさいでも届いてしまう戸惑った祥子さんの声にはどうにも対処できない。
「素直で、かわいいね」
「・・・え、広瀬さ・・・」
不自然に途切れた声はあれこれ想像を掻き立てる。
いやいや、もしかしたら誰かが来たのかもしれないし、さすがに往来のある場所でナニをするわけにはいかないって気づいたのかもしれないし、って現実逃避・・・したくなるだろう!
相手は、よく知っている祥子さんだ。
もう大人なんだし、そういうことになってもおかしくはないけれど、こんなところでしなくても。
しかも、こんな早くにくっつくとは思わなかった。
目の当たりにしているわけではないが、自分の脳内を必死に別のことに置き換えようとするが、全身の血が顔に上ってくるのを感じる。
頭を抱えて、できるだけ壁に張り付く。
頼むから、ドリンクバーのコーナーに来ないでくれと祈るばかり。
別に、由香里とも致すことは致しているので、何もわからないガキではない。
でも、ここは公の場であって、あまりあからさまなことはしないでほしい。
ましてや、変に落ち込む気持ちが沸いてくるので、放置していた由香里への罪悪感を重くする。
「荷物持ってこれる?下で待ってるから」
ああ、お持ち帰り決定か。
可愛い女子大生に好意を向けられて気分が乗らない男なんていないしなぁと、膝の間に頭を落とす。
失恋もなにも、その権利すらないけれど、また告白する前に振られた気分は味わえた。
足音が一つ遠ざかって、もう一つは・・・耳を澄ませても聞こえない。
各部屋からの音楽も大きくならないので、人の出入りもない。
たっぷり30秒は待ってから立ち上がる。
何か変だ。
トイレに続く細い廊下に祥子さんがしゃがみこんでるのを発見して慌てる。
「祥子さん!大丈夫っすか」
「気持ち悪い」
「あー誰か女の人呼んできます。すぐ戻りますから」
ふるふると頷くを確認して、ダッシュで入り口に一番近い席に座っていたかなっぺを引っ張って祥子さんの元に連れ出す。
それに気づいた晴香さんも後からやってくると、両隣に女子が来たことで安心したのかぽろりと涙がこぼれるのを見てしまう。
気まずくて少し離れたところまで移動して、かなっぺの手が祥子さんの背中を優しく撫でるのを眺める。
「あれ、川原君。北村君見なかった?」