手の届く距離
自分の考えなのに、めんどくさいと思ってしまう勝手さにも我ながら困るのだが、基本的に恋愛に向いている性格ではない。
相手を大事にしたいとは思うが、嫉妬させたり、駆け引きしたりとかは滅法弱い。
「言いたいことはわからなくはないけど」
全く理解できない想いを抱えているわけではないことに安心する。
しかし、晴香さんは難しい顔を解かない。
「give and take精神は長続きしないわよ」
ギブアンドテイクって、ひどい言い方じゃないだろうか。
突き放すような冷ややかな言葉に、思わず顔をしかめる。
晴香さんは口元を覆った手も表情も変えない。
言葉の訂正はないようだ。
むっとした気持ちのままフォークをタルトに突き刺す。
「別に、見返りを求めてるわけじゃないですよ」
タルト生地がうまく切れず、力をこめる。
一瞬でも共感してくれた晴香さんからそんな意見をもらうとは思わなかった。
「ただ、ゲーム感覚で付き合うなんて」
納得できない気持ちがフォークに伝わり、タルト生地を通過して皿が甲高い音を立ててぶつかる。
音も気になったが、仕舞ってあったはずのどす黒い気持ちが心の底に滞っていたのに気づいて、お腹の当たりでキツク手を握り締める。
先輩が私のことを好きじゃないのに付き合って『くれていた』とか、精一杯の好意を踏みにじられた気分がぶり返して来る。
違う、そうじゃない。
ちゃんと愛されてたはずなのに、信じられない自分が許せないし、好きだった気持ちも甘酸っぱい思い出も、なかったことにしたくない。
口元までタルトを運びかけて、苦々しい気持ちに喉をつかえて、フォークを皿に戻す。