手の届く距離

「大事にされてたと思ってたんですよ。なのに、私の気持ちまでなかったことにされたみたいで」

別れてから1年以上経っているのに、きっぱり切れてない気持ちが残っていて胸が重いのか。

同じように重たい顔を上げると晴香さんは思案顔のまま。

銅像の『考える人』と同じポーズで晴香さんの視線だけこちらに向く。

「一応確認ね。元彼から賭けの話、聞かされたの?」

晴香の静かな声に、すぐ首を横に振る。

バスケ部員、それも同輩たちが話をしているところを通りがかってしまったのだ。

アレがなければ、こんな気持ちになってなかったと思う。

足早に立ち去って、詳しく聞きだす勇気はなかった。

「別れた後で、そういう話をしてるのが聞こえちゃって」

「まずそこね。本人が言ったわけじゃない。ってことは、真相は不明」

晴香は人差し指を一本立てて見せる。

続けて中指も並ぶ。

「2つめ、祥ちゃんは『大事にされてた』と感じてたんでしょう。感覚って大事。それは本物よぉ。女の勘を信じなさい。だから祥ちゃんは愛されてた」

わかるはずのないことを断定されて、納得がいくかどうかは疑問だが、これが晴香さんの考え方なのだろう。

しっくりはこないが、気持ちは多少軽くなる。

「最後に、自分の気持ちは、自分が一番知ってるじゃない。疑っちゃ駄目よ」

好きだったのは間違いないでしょ?と、晴香がフォークに突き刺したタルトを目の前でぐるぐる回す。

その手首を掴んで、タルトを口の中に入れて奪い取る。

完全に塞がっていた喉のつかえはいくらか小さくなっていて、甘さを味わってから喉を通すことに成功する。

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