手の届く距離
「不細工になってますよ」

膨れている頬に向かって意地悪な視線を送る。

「不細工にしてるんだもの。あのね、言っておきたいんだけど。祥ちゃんが広瀬さんのこと好きなのって、釣り橋効果だと思うのよね」

晴香さんは人差し指を左右に振りながら話す。

つり橋効果は説明するまでもない。

揺れるつり橋を渡るドキドキを、恋と錯覚するアレ。

確かに、広瀬さんを好きになるきっかけはお客さんとのトラブル。

スマートに対処する姿が感動的にかっこよかった。

直接自分のことではなかったけれど、『うちの大切なスタッフに暴力を振るう方はお客様として受け入れられません。お引取りください』なんて言い切った広瀬さんに感じた守られてる感が堪らなかった。

「つり橋効果から始まる恋もありますよね?」

錯覚や刷り込みでも、その気持ちは抱えているうちに形を変える。

きっかけは何であれ、そこから気持ちが始まってもおかしくはない。

「うん、それは全然きっかけとしては問題ないんだけどねぇ。釣橋効果だけじゃ気持ちはすぐに冷めるし、気持ちが盛り上がったままじゃ目が曇るってことぉ。私が言いたいのは、広瀬さんの身辺調査したぁ?」

普段なかなか使わない言葉が晴香さんから飛び出て、思わず笑って手を振る。

「身辺調査って、探偵じゃあるまいし」

「本気で言ってるのよ。広瀬さん、彼女がいるかもしれないって疑惑が晴れてないし。結婚指輪してなかったけど、キッチンに入るから指輪してないだけで年齢的には妻子持ちの可能性も捨てられないわぁ」

晴香さんは視線を合わせてずいと顔を近づけてくる。

「晴香さん、ドラマの見すぎですって」

力を入れて話してくれうのはありがたいが、自分の身に置きそうにない晴香の意見にはとても身近に感じられない。

しかし、晴香は不満顔でテーブルを指で叩いて続ける。

「実話だから言ってるのよぉ。だからその辺り確認しておかないと怖いわ。合コンだって彼女持ちが来るんだから。その辺クリアにしとかないと」

「晴香さんの経験?」


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