手の届く距離
「今シフト表、もらえます?」
シフト表が完成したなら、また大事な時間を見つけなければならない。
「渡せるのは、早くても明日だな。ごめんね。まだ見習いだから、本物の店長に見てもらってからじゃないと。急ぎで見たい予定あるかい?希望は通したつもりだけど」
毎月、翌月のシフト希望を出して提出しているので、それに合わせて勤務が組まれている。
店長がシフトを組むと、休み希望が抜けて出勤が無理な日にシフトが入っていたり、大学の授業があるのにディナーシフトを組まれていたり、時間が間違っていたりで、チェックが欠かせない。
楽しんで見る、というより、ちゃんと自分が出勤可能かどうかの確認をしなければならない。
見落とせば一大事だ。
「いえ、いいんです。明日楽しみにしてます」
勤務希望表に手を伸ばす真面目な広瀬さんを慌てて止める。
下心があっての問い合わせなので、尚更急がない。
本当は広瀬さんの勤務をチェックしたい、なんて本人に向かって言えないし。
なんにしても、今の様子を見ると今回、広瀬さん主体の初勤務表には期待できそうだ。
「広瀬さん、今度の休み、」
広瀬さんは時計を見て、話を続けようとした私を遮る。
「折角早く来たんだから、そろそろ着替えてきたほうがいいだろう。スタッフルーム混むからね」
時間はまだ余裕があるけれど、仕事の邪魔になのかもしれないと思い至り、素直に頷いて、ドアから手を離す。
「あ、今日から新人が一人入るから。キッチンメインだけど、ホールも入ってもらうから教えてあげてね。頼りにしてるよ、北村君」
お世辞だとしても、仕事ぶりを認めてくれているような発言に、嬉しくなってしまう。
新人にあまり興味はないが、飲食店に適性のある人材である事を祈る。
すでにかなり個性的なスタッフがキッチンに揃っている。
ついでに、広瀬さんと親睦を深める理由を見つけて、隠れてこぶしを握る。
「わかりました。じゃあ、その子の歓迎会もしなきゃ。広瀬さんも来てくださいね」
声の代わりに親指と人差し指で丸を作る広瀬さんに、こちらも小さく手を上げてから塞いでいた唯一の出入り口を離れる。
広瀬さんの情報は増えなかったが、すぐ振り返った先にあるスタッフルームまでスキップしたくなる。
羞恥心が全力で止めてくるので、実際にはとてもできないけれど。
明日は広瀬さんと会えない予定だったが、シフト表を眺める楽しみが増えた。
広瀬さんの休みはいつか、一緒の勤務の日はあるか、すれ違えそうな日はいつか。
今は、そんな些細なことも楽しい。