手の届く距離
「ごめん、嫌だった?」

「嫌じゃないっす。でも、ちょっと恥ずかしくなって。もう大学生なんすよ」

川原は頭を覆うヘルメットを拳でコツコツ鳴らす。

そういうことなら、残念ではあるが、大人への一歩として喜んで止めてあげなければならない。

自分も、大人の女を目指すために頑張るのと同じと考えて。

「で、聞いて何かわかった?」

「うーん」

原付に跨った川原からはっきりしない返答と苦笑いが戻ってくる。

なんとなく沈んだ空気を持ち上げたくてふざける。

「私に告白?!私はダメ。好きな人いるから、川原の気持ちには応えられない」

大げさに驚いて見せ、身を守るように両腕で自分を抱く。

部ではそれで刈谷先輩からの鉄拳が怖くて手が出せない、と言われるのが定番だったから、当然川原も現在バージョンで返してくれると思っていた。

「知ってますよ。なんで俺いきなり振られなきゃなんないんすか。ただでさえ傷心なのに」

冗談にしようとしてくれたのか、原付ごとよろりと倒れそうに見せる川原の顔が歪み、予想外の細い声が返る。

いつも元気一杯に振舞う川原にしては珍しく笑顔が消えていて、ことの重大さに気付いて、傷心という言葉からも、間違った方向性に話題を持っていってしまったことを反省する。

由香ぴょんに関しての話だと予想していたのだから、考えなしだ。

「ごめん、川原。無神経だった。でも、ホント、なんでも力になるから」

川原とはいつも馬鹿馬鹿しい話で笑い転げていたから、こんな空気は初めてだった。

話してくれたら、少しくらい気が楽なのに、あくまで隠し通すつもりなのだろう川原は話を終わらせる姿勢。

「俺も、すみません。何からどう話したらいいかわからないし、自分で解決しなきゃいけない話かなとか思って。引き止めてすみません。ありがとうございました。お疲れっす」

本人がそういうならそれでいいはずなのに、無理に笑う川原の顔が沈んでいくの見ていると引き止めずにはいられなかった。

原付のグリップに伸ばした腕を掴む。

「川原、待って。本当に大丈夫?」

「大丈夫っすよ。先輩こそどうしたんですか。俺なんかに構ってないで、広瀬さんと仲良くやってください」

カラッと明るい笑顔と声を作ってこちらに向ける川原に突き放された形だ。

追求できない空気と、明かしていない片思いを言い当てられた動揺でゆっくり手を離す。

しかし、川原の携帯のバイブが鳴ると折角笑ってくれた川原の顔が青ざめる。

明らかにおかしな反応にいぶかしむ。

「気をつけて帰ってくださいね、祥子さん」

慌てて作り直した笑顔で、こちらを気遣ってくれるのは、川原の優しいところ。

逃げるようにエンジンをかける川原に大きな不信を抱いたまま、手を振る。

川原の両足は地面を離れて、原付は車道に出ていく。

よく懐いてくれた可愛い後輩だったが、男と女で、先輩と後輩で、言えないこともたくさんあるだろう。

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