手の届く距離
改めて考えてみようと思ったが、閉店時間までいたのだから、もうすぐ日付が変わってしまう時間に気付く。
一人で考えていても、無駄に時間が過ぎるだけだと自分の頭で考えるのは、諦めて、晴香さんにメールを打つ。
『起きてますか?』
すぐに返事がなければ今日は諦める。
掛かってきたらラッキー。
待っている間に全速力で自転車を漕いで家を目指す。
トラブルなく家に着いて自転車を停めている間に着信音が響く。
まだ起きている受験生の弟と母へ、ただいまの挨拶もそこそこに部屋に駆け込んで通話ボタンを押す。
「祥子です!」
留守電に切り替わる直前に声を滑り込ませ、息を整えながら部屋のドアを閉める。
「わ、音量!声量落としてよぉ。何興奮してるのぉ?」
「興奮じゃなくて、自転車で帰ってきたとこなんです」
荷物を適当に下ろして、身体も硬い床に倒す。
髪とか、身体にお店の匂いが染み付いている気がして、ベッドには直行できない。
「急にごめんなさい。ちょっと聞きたいんですけど」
先ほどの川原と同じ台詞を言ってみる。
「晴香さん、元彼から連絡来ます?」
天井が見えるように仰向けに寝返りを打つ。
全速力自転車で温まった身体に、床の温度が心地よくて目を瞑る。
「ええ、突然何よぉ。私のことより祥ちゃんは今広瀬さんでしょう?」
確かに私も同じように、突然の質問に驚いた。
「そうなんですけど、今みたいなこと、川原に聞かれて」
「びっくりしたぁ。そうか、後輩君ね。この間大変そうだったからなぁ」
「この間?」
思わぬ情報に目を開く。
電気もつけていない部屋は暗く、ベッドではなく床から見上げる天井はいつもより遠い。
「一週間くらい前に誠とデートだったんだけど、しょぼくれている後輩君発見してね、声掛けたのぉ。そのあと彼女っぽい子と一緒に駆けっこして、消えた」