手の届く距離
「ありました、ね」

「どのくらいぃ?」

「それなり、に?」

「着信拒否したくなるくらい、着信があったってことよねぇ?」

「・・・ソウデスネ」

言われた言葉を肯定しているだけ。

何も新しい情報は出してないことを確認しながら言葉を選ぶ。

絞られる胃の痛みに耐えながら笑う。

「だってぇ、祥ちゃん」

矛先をそらされてほっと力を抜く。

すでに伝えていたこと以上のことは何も暴露しなかった、はず。

「川原、着信履歴見せて」

「げっ」

とがった声の祥子さんに、放り込んだポケットの上から携帯を押さえる。

「いや、あの」

思わずこぼしてしまった言葉に晴香さんが食いつく。

「見せれない理由があるならどうぞぉ?」

悪魔が笑ったようだと感じる晴香さんの表情に退路を考えた、が今更だ。

「さ、さっき電源落としたんすよ」

「今すぐ入れて、携帯渡しなさい」

祥子さんは当然その程度の労力と時間は待てるという。

「ぷ、プライバシーの侵害・・・」

「事実確認もさせたくないくらいいろんな女からもじゃんじゃん連絡があるとか?それに、祥ちゃん法学部だったよね?法律で食べていく人に法律で盾突くつもりぃ?」

苦し紛れの抵抗もあえなく晴香さんの圧力でつぶされる。

「・・・いえ、出します。出させていただきます」

やましいところは特にないけれど、取り出した携帯を必要以上に触られないように着信履歴画面を表示させてから二人に渡す。

最初のころの履歴がまだ残っているかわからない。

始めは今更話すことはないと切り捨てていたが、ちょっと携帯を放置している間に履歴が二桁回入っていて嫌な予感がした。

メールと留守電を確認したら謝罪の嵐。

そして、やり直したいという一言。

残念ながらそんなもので気持ちが変わるほどおめでたい頭ではない。

それから頻度がどんどん増えて、切った先からリダイヤルしてくる頃には着拒に踏み切った。

「これは、着拒するわぁ」

さすがの晴香さんも気遣わしげに携帯を机の上に戻す。

「川原、一人でよく耐えたね」

その携帯をもう一度拾い上げる祥子さんの声に、頷く。

洗いざらい吐かされた俺に何か言う気力も残されていない。

「止まらないなら力になるからねぇ、後輩君」

気持ちはありがたいが、晴香さんの言うことには腹が立った。

祥子さんだって同罪だ。

「俺と由香里の問題です。放っておいてくださいよ」

勝手に人のかさぶたを何度もはがして、ほじくり返した挙句、人の問題に頭を突っ込まれる必要はない。

祥子さんに聞きたかったのは、由香里のやっていることが一般的な感覚とは違うことを確認することだけ。

それが、こんなことになるなんて。

情けない別れ話も姿も晒したくなんてなかった。

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