手の届く距離

「新しい情報は得られませんでした」

広瀬さんに思いを寄せていると知る唯一の晴香さんは、そうでなくても何かと人の恋愛事情に首を突っ込んでくるのだ。

よく言えば心配をしてくれているが、ただの好奇心旺盛ともいえる。

一般的に女性は恋の話を喜ぶが、晴香さんは人一倍。

「副店長、なかなか尻尾出さないから心配なのよねぇ」

軽いため息を吐きながら、晴香は化粧ポーチから新たにリップグロスを取り出す。

「尻尾?」

「女の影がありそうじゃない」

「まだ言ってるんですか」

広瀬さんへの気持ちが芽生えてから、年の差もあり、近づく努力はしているが、自分の積極性は生かせていない。

部活のマネージャーをやっていたら、情報収集に引けを取るつもりはないが、好きな人となると別だ。

「どうも一人暮らしらしいのはわかったのぉ。こんな仕事だから自炊も余裕だろうしぃ、女性関係の話はしたがらないし、カマかけてもさりげなくかわすスキルも高いわよぉ。たぶん頭いいのよねぇ。顔も悪くない、体格は細っこいけど、優しいから女がほっとくと思えないのよ。祥ちゃんみたいに、いざという時に表に立てる男って魅力的だし。なんかすっきりしないよのねぇ」

グロスの量を調整しながら、晴香さんは少し頬を膨らます。

「もしかして彼女がいるから入り込ませてくれないのかもしれないですよ」

晴香さんの情報収集術はわからないが、いつの間にかいろんな話を手にしていていつも感心させられる。

店長ならばいざという時に連絡をするので連絡先を控えているが、副店長で、後から入ってきた上、まだ就任2ヶ月の広瀬さんに、緊急で連絡する必要性はほとんど発生せず、連絡先をさりげなく聞く手立てがないまま1ヶ月、ぐだぐだしているのだ。

あまり人には頼りたくないし、自分のペースで情報収集したいが、入り込む隙がなさすぎる広瀬さんの攻略に足踏み状態。

彼女の有無も聞き出せないため、押していいのかもわからず、行動をためらってしまう。

「祥ちゃん、折角久しぶりに恋愛に目覚めたんだからぁ、ファイトよ。引き続き協力は惜しまないから!」

手にしていた化粧品を放り出して、急にこちらの手を握ってくる晴香さんの勢いにはついていけず、苦笑いするしかない。

協力は大変ありがたいが、いいなぁ、好きだなぁという段階で、まずお近づきになりたいだけなのだ。

そんな時点でふらふらしているからこそ晴香さんがじれったく思うのかもしれないが、自分のペースというものがあるので、焦らずに構えることとする。

バラバラと集まるバイトスタッフに挨拶をしつつ、声のトーンを下げて話を続ける。

新人の歓迎会にかこつけて、幹事を引き受けたら自然に連絡先を聞きだせる案も含めて。

そんな中で、人一倍元気な挨拶が上がる。

「今日から働かせていただきます、川原健太です。よろしくおねがいします!」

スタッフルームにいる全員が顔を上げるほどの声に振り返ると、ここでは初めて会うが、よく知った顔を見つける。
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