手の届く距離


同じ大学の同じ学年とはいえ、選択授業が違えば、授業の終わる時間が違い、総合大学を謳う広い大学構内でばったり会うことはなかなかない。

学部も違えば、約束を取り付けなければ会えないだろう。

かなっぺのお願いを遂行するため、待ち合わせは大学の駅前とした。

運搬に不向きな原付は留守番だ。

大学の最寄駅だけあって、大量の学生と思われる人が行き来するなか、目的の人物はまだ現れない。

以前リア充爆発しろと言い放って逃げた頼りない友人が、今度はかなっぺを紹介しろとうるさく粘ってきたのを何とか追い払って、まだ何もしていないはずなのに無駄に体力を浪費して疲れた。

いきなり知らない男を待ち合わせに連れて行くのはマナー違反だろう。

了承した約束とはいえ、二人きりの買い物にはどうも乗り気にはなれなくて、そっとため息を付く。

「川原、何ため息ついてるの?」

耳に届いた祥子さんの声に、慌ててもたれていた壁から身体を離し、縦社会の条件反射でシャキッと背筋を伸ばす。

直立した姿勢で声の主を探すと、見つけた祥子さんの姿を目にして驚く。

制服姿とジャージ姿はいくらでも見ていたが、女性らしさが抜群のワンピース姿の破壊力に目を大きく。

高校時代は制服のまま派手に蹴りを入れられたり、自転車を漕いだりしていたから、健康的な太ももから、時にはスカートの中身まで見慣れているはずだけれど、同じスカートでもこうも印象が変わるのか。

歓迎会ではいろんな人から声をかけられたり、晴香さんから扱き使われて忙しく立ち回っていたせいでゆっくり鑑賞できなかったが、こうして向かい合うと上から下まで舐めるように観察してしまう。

「何よ」

不機嫌な祥子さんの声で、自分の不躾な視線に気づき、まじまじと見てしまった自分を恥じて視線を逸らす。

女子大生の威力恐るべし。

「ただの待ち合わせっす。祥子さんこそ、どうしたんすか」

明らかに気合の入った服装は、もしかして広瀬さんとのデートで勝負服か。

会えて嬉しいはずなのに、凹む想像をして精神的な疲労が、息を吸うより簡単に作れる笑顔さえも思うように行かない。

「これから待ち合わせだったけど、ため息吐いている後輩見かけたら声掛けたくなるじゃない。元気ないね。由香ぴょんのこと?」

待ち合わせ、という決定的な言葉に、また手放さなければならない淡い思いの欠片を思って肩を落とす。

まだ積極的な気分にはなれないが、しばらくそっと想うことくらいはしたかった。

純粋に心配してくれているのだろう祥子さんに、感謝の言葉を返ししつつ、秘めた想いを告げられない現状に心の中でうなだれる。

いつもこうだ。

一方的に慕って、こちらには全く気づかない。

伝えたくても、相手がいてうまくいっていたら、水を差すだけなので、眺めて、せめて応援に回る。

諦めて、視界からいなくなって、他に目をやって忘れたつもりになっていた。

そうしたらポンと一人で現れて、こちらはすでに身動きの取れない状況。

「由香里からの連絡もなくなったし、ご飯もおいしいし、もう大丈夫っす。祥子さんはデートっすか」

安心させるべく祥子さんに預けた案件は無事問題なく過ごせている報告と、祥子さんの話題に持ち込みたかった。

きっと聞いても、悲しくなるだけだが、笑っている祥子さんを見ていることで、納得するしかない。

「そうそう、デート」

当たり前に帰された言葉に思った以上のダメージを受ける自分を叱咤して、今度は笑うのに成功する。

祥子さんとはいつもタイミングが合わない。

だから、俺の気持ちを祥子さんはきっと知らないし、祥子さんは俺を見ていないから気づかない。

「実は、由香ぴょんとお茶するんだ。待ち合わせ場所変えたほうがいいね。会いたくないでしょ」

デート相手が広瀬さんじゃなかったことに一瞬気持ちが浮上したが、出た名前が現状で酷く避けたい人物。

確認をしてくる祥子さんはすでに携帯を取り出して連絡をする態勢だ。

「げ、確かにそれは・・・いや、いいっすよ。この辺のこと知っている俺たちが場所変えます。かなっぺには今から連絡したら大丈夫なんで」

すぐにその場を離れようと踵を返した俺の服の裾を、祥子さんに掴まれる。

あまりの可愛い仕草に、状況を忘れて伸ばそうとしてしまった手を慌てて握り締める。

同時に、視線を落とした先にある楽しそうな笑顔を見つけて、また口が滑った自分に気づいて胸の内だけで舌打ちした。

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