手の届く距離
「何、かなっぺと約束?何それ、いつのまにそういうことになってるの?!」
案の定、からかわれるネタを取りこぼさないのは、さすがというところか。
「何ともなってないっす。大きい家具買うっていうから、荷物もち要員として頼まれただけです」
そんなに必死になる必要もないはずだけれど、話のネタにされたくもなかったし、かなっぺにもましてや肝心の祥子さんに変な誤解を持たれたくなかった。
祥子さんは興味が削がれたようで、掴まれていた裾が開放される。
「なんだ、また川原で遊べるかと思ったら」
ちょっと言葉の使い方が違ってないっすか?と突っ込みたかったが、移動を優先した。
祥子さんに挨拶をしてから、取り出した携帯でかなっぺに電話をする。
すぐそばの信号を渡って、道の反対へ渡った、50mと離れないところで、かなっぺの携帯と繋がって、挨拶もそこそこに待ち合わせ場所の変更をお願いしたら、盛大なブーイングをされる。
それもそのはず、先ほどまで自分がいた場所に入れ違いで着いたらしい。
今しがた渡ったばかりの横断歩道に目を向けると、道の反対に、祥子さんとその隣で手を振るかなっぺを見つけ、早くこっち来てくださいとお願いをする。
『珍しく大学で祥子さんに会ったから話くらいさせてよ、ばったり会うなんて貴重なんだから』
腕を腰に当てて、納得がいかない様子のかなっぺに、俺は大きく振りかぶる。
そんなことをしているうちに、歩行者信号が点滅する。
なんで女同士って無駄に仲がいいんだ。
「俺が困るんすよ。だから早く!」
『ちょっとだけだから待ってって』
かなっぺは電話を切らなかったが、道の向こうのかなっぺは携帯を耳から離して祥子さんと向かい合っている。
携帯電話越しの声が遠くなって、途切れ途切れに小さな声が聞こえる。
その間に、信号は当然赤になる。
『祥子さんごめんなさい。川原君、何か場所移動したがって。え、元カノ?うわ、それで逃げるんだ。わかりました、行きますよ。男と女の友情って成立しないのか。え~怖っそんなことになってるんですか。なら、私が新しい彼女だって言えば少し落ち着きません?まあ、確かに神経逆撫でして藪蛇もイヤですし。そんな言わなくても退散しますって。元カノ、どんな子かみたいか興味はそそられるけどな』
祥子さんの声は全く聞こえないが事情をかいつまんで説明して、おそらく祥子さんは早く行くように言ってくれているはずだが、一向にかなっぺはこちらに来る様子はない。
「いいから、かなっぺこっち来いって。頼むから」
届かないとは思いつつ、必死に携帯に向かって50m先の人物に苛立ちの声を向ける。
信号機の傍から、道の反対を伺って電話をしている大男なんて、不審極まりない。
それがわかっているから余計に急いでほしいと思ってしまう。
「かなっぺって誰?」
携帯越しではなく、すぐ近く、隣から聞き覚えのありすぎる女の声がして、恐る恐る目を向ける。