手の届く距離
「いいんじゃない?私は賛成よぉ。結局広瀬さんは得体の知れない男のままで、なんかイヤだったのよ。それに、大事な祥ちゃんにこれ以上傷ついて欲しくないしぃ」
晴香さんは身体を絨毯の上に投げ出して、ほふく前進で膝を抱えた私ににじり寄ってきた。
腕に囲われていた膝を開放させられ、目的がなんだかわからず、されるがままに足を伸ばして腕を下ろすと、太ももの上に晴香さんのふわふわな髪が乗せられる。
猫がじゃれ付いてくるような可愛さが溜まらず、年上にも関わらずその頭をそっと撫でる。
こんな彼女なら、彼氏もかわいがりたくなるんだろうなと、ここにいない誠さんのことを思う。
それに引き換え、私はどうだろう。
高校の名前が入った、部でおそろいのTシャツとジャージ。
部活の合宿と一緒だ。
女としての成長が見られていない気がする。
可愛く甘えるどころか、『何で、どうして』を求めてしまう。
たぶん、広瀬さんと会っても、こんな甘い空気にはしない。
マネージャーモードの今、自分の性格と理性が頑丈なストッパーを果たしてくれる。
「もう一回二人で会ってはっきりさせたいんだけど。その時の態度次第かな」
テーブルの缶チュウハイに腕を伸ばすと、膝枕を堪能していた晴香さんが頭を上げて動きやすくしてくれる。
晴香さんは、ちゃんとグラスに空けたチュウハイに手を伸ばす。
一応、私の分のグラスも用意されているのだが、直接缶から飲むことに抵抗はない。
このあたりが、女子力の違いなのだろうか。
「まだもう一回チャンスあげるんだぁ。しかも、はっきりさせたいって、さすが祥ちゃん。祥ちゃんが彼女になれたっぽいって電話してきた時はびっくりしたのよぉ。祥ちゃんが納得するくらいはっきり言われたってことでしょ?」
グラスを片手に晴香さんは首をかしげて見せる。
「攻略したいって中に彼女にするって項目はあるかって聞いたら、もうなってるってことじゃダメ?って」
話した内容を再度繰り返して確認する。
言われたときは、嬉しかったはずなのに、時間が経つと、その場しのぎのリップサービスだったのではないかと疑う気持ちしか残っていない。
こんなに気持ちは変わってしまうものなのか。