手の届く距離
「川原って、川原?!」

「は、はい!」

一斉に集まった視線を浴びて一瞬後ずさった長身の彼が、私の声には反射的に返事をする。

視線が合うと、すぐに元々タレている目じりをさらに下げて嬉しそうに彼は声を上げる。

「祥子先輩!」

「あらぁ、新人君と知り合い?」

大きく見せる加工を施された目を、さらに大きく開いて晴香聞いてくる。

私よりバイト暦が長い晴香さんが知らないのに、私が知っている顔なんていない。

「高校の時バスケ部のマネージャーやってて、その時の後輩です」

晴香の問いに頷きながら答える。

犬みたいに懐っこく近寄ってきて大きく身体を折って頭を下げる。

「祥子先輩とまた会えるなんて、すげー嬉しいっす。今日からよろしくお願いします」

高校の時と変わらない人の笑顔を誘うような満面の笑みにつられる。

他のスタッフにもひょこひょこ挨拶をすると口々に自己紹介を始める。

その輪に混ざる晴香が、突然川原のすぐ隣で真っ直ぐ手を伸ばす。

どちらかというと小柄な晴香さんの指先がやっと川原の身長と同じくらいの位置になる。

「おっきいねぇ」

「179cmっす。バスケやってたせいかは多少デカいですけど、バスケ的にはあって困るもんじゃないですから、もっと大きくなりたかったですね」

そう言いながら、川原は自然と猫背になって照れたように頭に手をやる。

少し近づいた川原の頭に、晴香は伸ばしていた手を乗せて撫でる。

その様子が部活でよく見かけた姿をフラッシュバックする。

褒めるときに頭を撫でるのだが、手が届かないので、川原が頭を下げてくれた。

最初は命令していた気がするが、そのうち自分から撫でてくれとばかりに身をかがめるようになった。

頭に乗せられた晴香さんの手から逃れるように姿勢を戻して、川原は割り振られたロッカーの場所に案内される。

川原の身長を確認した晴香は、私の隣に戻ってきて採点の結果を伝えてくれる。
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