手の届く距離

「祥子さん、ストップっす!」

「っ川原」

川原の声にハッとして裏口に目を向ける。

店に残っていたメンバーのことをすっかり忘れていた。

川原、関谷さん、かなっぺ、そしてトシさんがなだれ出てくる。

一番に駆け寄ってきた川原が広瀬さんと私の間に入って、なだめるように私の手を重ねてきた。

苛立ちに任せて力を入れていた手の力をゆっくり緩めると、広瀬さんから引き離される。

「こっちならいくらでも力いれていいっすから」

川原は私の右手を、自分の左腕に乗せ、その上からさらに右手を重ねる。

人の腕に乗せられた自分の手を他人のもののように眺めてしまう。

腕を開放された広瀬さんが、自分の腕を抱えるようにさするのを見て、やりすぎた自分の行動を少しだけ悪く思う。

それでも、身にしみて今後の糧にはしてくれることを祈る。

遊ぼうと思ったら痛い目に合う女がいるとわかってくれるくらいは。

遊ぼうなんて思わないでくれるのが一番いいのだが、そこまでは望めない。

関谷さんが軽いノリで、膝を突いたままの広瀬さんに近づき、肩を組んで立ち上がらせる。

「広瀬さん、難攻不落ってのに挑戦したくなる気持ちもわかりますけど、祥子ちゃんは落ちませんよ。祥子ちゃんは俺たちのお遊びには付き合ってくれないんですよ。スルースキルが見事ですもん。もう、師範級。広瀬さんに勝機があったのは確かですけど、やるならもっと慎重にやらないと」

「確かに見誤っていたみたいだ。北村君、悪かったね。嫌な思いをさせるつもりはなかったんだよ。僕は常にwin-winの関係を目指しているつもりだったんだ」

恋愛は商売じゃないのに、win-winの関係なんてあるのか。

何を言いたいのかよくわからなかったが、自分の評価の下げ止まらせたかったかったと考えておく。

仕事はできるのかもしれないが、残念ながら男性としての評価は地に落ちているので、時すでに遅し、だ。

関谷さんに肩を抱かれたまま、軽く手を上げて歩き出す広瀬さんが、小さく見えた。

晴香さんの勘である、遊び人がばっちり当たったことが悔しい。

「広瀬さん、寂しいなら、今日は俺と一緒に夜の街に繰り出しましょうよ。広瀬さんならよりどりみどりですよ。祥子ちゃんクラスならいくらでも」

広瀬さんの背中を押して歩き出す関谷さんが、ちらりと振り返りウィンクを寄越す。

やりなれているのだろう、無駄にはまっている。

しかし、失礼な言葉は見逃してやらない。

「関谷さん、今度一緒のシフトの時は、覚悟してくださいよ」

「げ、祥ちゃんそこはスルーしてよ!ま、ここはお先に失礼。またな、諸君!」

関谷さんはやたら偉そうな挨拶を口にして、大きく手を振りながら広瀬さんとともに夜の街に姿を消す。

「祥子さんの説教久しぶりに見ました。前に増してお仕置きが激しすぎっすよ」

広瀬さんの姿が見えなくなると、川原に慰められるように肩を叩かれて、力が抜ける。

裏のない接触にほっとしてしまった。

完璧な覚悟まではできていなかったけれど、晴香さんに考えなきゃいけないとは言われていたから、感情のまま怒鳴りつけることもなく、今、立っていられる。

「何それ、祥子さんの定番ワザってこと?超かっこよかった!」

かなっぺは怖がって背中に張り付いているトシさんを連れて、駆け寄ってくる。

「でしょ?」





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