手の届く距離

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それから３日後。

晴香さんからまた呼び出しが掛かった。

早朝に『夜、予定空けといて』という一方的なメールを送りつけてきて、何故や何をするかの質問には一切返事がないまま、時間は22時。

まだ電車も動いている時間。

『後輩君の出番。祥ちゃん助けて』

言葉はお願いだが、祥子さんの名前を出されると、人質を取られている気分。

自転車じゃなく身一つで来いと指定された居酒屋に行くと、机に伏して動かない祥子さんと顔を真っ赤にした晴香さんが待っていた。

「ちょっと飲ませすぎちゃって、帰れないのよねぇ」

晴香さんも相当酔っ払っているのか、壁に背中を預けて、家にいるかのような緩んだ表情。

それもそのはず、肩を叩かれ振り返ると、晴香さん愛しの誠さんに小さく「お疲れ」と囁かれる。

印象に残る黒縁めがねに無表情。

淡々と晴香さんの荷物を抱え、そつなく手を貸して立ち上がらせる。

慣れている仕草に迷いは見られない。

なるほど、それぞれのお迎え役を準備したということか。

それならば、なぜ俺で、祥子さんの兄弟じゃなかったのか。

お得意の情報網を駆使すればすぐに見つかりそうな人員だ。

以前話していた、呼べば集まる男友達を引っ張ってきたらよかったのに。

そうは思う一方、見知らぬ誰かに、こんなに無防備な祥子さんを晒さなかった晴香さんに感謝する。

「一人百面相？狼にご注意、かしら」

「祥子さんは実家っす」

笑いの止まらない晴香さんに噛み付いてから、一応念のため祥子さんを揺り起こしに掛かる。

由香里とは飲んだことがないので、こんな事態に遭遇したことはない。

サークルの先輩たちとの飲み会は、役得とばかりに酔った女性には先輩が率先して優しく手を差し伸べるが、男には見向きもしないので、つぶれた男性の介抱は大抵原付で駆けつけて飲まない俺の仕事。

まあ、建前を作らないと、歩きの同輩と同様に飲まされるが、車理由を持ち出せば飲ませた方も罰せられる法律が先輩たちの暴走を止める。

頭が固いとか融通が利かないとか、好きなだけ言わせればいい。

今のところ、祥子さんは派手に気持ち悪がってトイレに駆け込ませる必要性もなければ、絡んでくるわけでもなく、ただ眠っているように見える。

脱力している祥子さんを机から起こして左腕に上半身を受け止め、左手で掘りごたつから両足を引き出す。

さすがに長時間両腕に抱えるのはしんどいので、背中に背負おうと四苦八苦している俺を見かねて、誠さんが祥子さんを背負う手伝いをしてくれる。

祥子さんの荷物は晴香さんのものと一緒に誠さんが持ってくれる。

ふらふら歩く晴香さんを片手で支えながら、誠さんがぼそりと声を掛けて先に歩き出す。

「店の近くに車で来てるからついてきて」

誠さんはしっかり伝票も手にしてくれている。

よくあるパターンなのだろうか。

ダメもとで背中の祥子さんに声を掛けるが、意味を成さない声が漏れるだけで諦めて誠さんたちの背中を追いかける。