手の届く距離
お酒で体温も上がるのだろうか。
やけに熱く感じる祥子さんの身体を背中に感じながら歩く道のりは、ある意味拷問だ。
力なく全身を預けて切っている祥子さんを見るのは久しぶりだ。
後日こっぴどく怒られた、部活の合宿で、寝起きどっきりを慣行した、熟睡中の顔以来。
元々、隙なんて見せない人だ。
今はあらゆる理由を総動員して祥子さんへの気持ちを伏せる必要もなく、先輩に彼氏がいて敗北感を感じることもなく、ただ、先輩を守りたいと思えるひと時。
「祥子先輩」
敢えて先輩呼びをしてみる。
一瞬身体に力が入って、飛び起きるかと思ったが、すぐに弛緩する。
肩に力なく頭を乗せている顔をちらりと見やってからため息をつく。
安らかな寝息が耳をくすぐる。
「俺、何年片思いするんすかね」
聞くものがいない今だからこぼす。
たぶん、今日の女子会は晴香さんが祥子さんを意図的につぶしたのだろう。
それならば、最初から呼んでおいてくれたらいいものを。
近くのコインパーキングに入る誠さんがちらっと振り返るのに頷いて、できるだけ大きく揺らさないように急いでその背中を追う。
地味な印象しかない誠さんは、8人乗りのワンボックスの助手席に晴香さんを乗せていた。
車の傍に着くと、誠さんが後部座席のスライドドアを開けてくれる。
「ありがとうございます。でかい車っすね」
「大は小を兼ねる」
それだけの理由でワンボックスを選ぶ大胆さが面白い。
機能性を追及したファミリーカーは、派手な晴香さんが好む車だとも思えない。
晴香さんがしゃべるせいか、ずいぶん言葉が少なく黙々と働く職人肌のような雰囲気に、好感を持つ。
誠さんの手も借りつつ、何とか祥子さんを乗せて、シートベルトをした隣に腰を下ろした。
「後輩君さぁ」
静かに発進した車の助手席から晴香さんが、声だけをこちらに向けてくる。
「いいことしたね。祥ちゃん、後輩君に感謝してた」
いつも舌足らずの甘い声ではなく、はっきりと話す晴香さんの声は、極まれにしか聞けないまともな晴香さん。
このときの晴香さんの頼もしさは好きだ。
「なんもしてないっすけど、力になれたならよかったっす」
隣で寄りかかるように眠る祥子さんのつむじを眺めて、穏やかな気分になる。
正直、何が祥子さんの力になったかわからないが、勝手にやりたいことをやって、喜ばれたなら儲けものだ。
「たぶん、俺じゃなんにもできないから、晴香さんと祥子さんの関係が羨ましいっすよ」
「男同士全力でバカやってるのも楽しそうよぉ。ねぇ、誠」
運転席の誠さんが頷くのが見えた。
本当に大人しい人だ。
その彼が、小さく呟く。
呟くようにしゃべるのが誠さんの普通なのかもしれない。
「すまない、道案内を頼む」
「知らないで走ってたんすか」
「私も大体この辺ってのは知ってたけどぉ、祥ちゃん家には行った事ないのぉ」
「俺、道案内要員だったんすね!」
「せいかーい!」
はしゃいで両手を挙げる晴香さんにまた頭を抱えながら、道案内を始めた。