君にドキドキする瞬間
「…………」
元の体勢に戻ったおじいさんが、言葉が出ずに呆然としている私に頭を下げる。
「すまんねぇ」
そのよろよろした姿に何かを言えるわけがない。
「いえいえ、どうぞ」
ぺこっと頭を下げると、そそくさとその場を離れようとした。
が、人が多すぎて動けない。
いや、これっておじいさんの前に立ってなきゃいけない状況!
めちゃくちゃ気まずい!
おじいさんのかさかさの唇が頭を過る。
キスされたいとか、……絶対に思わねぇ。
そう思って一人ガクッと肩を落とした瞬間、グイッと腕を引っ張られた。
その勢いで人を掻き分けて、少しだけ空いていた空間にスポンッと私の身体が納まる。
クックッと頭上から聞こえてくる笑いを必死に堪えている声。
あー、やっぱり大前君だよ。
助けてくれたのはありがたいけど、明らかにさっきの事を笑ってる。
顔を上に向けて、じとっと大前君を見つめるけれど、彼の笑いは止められないらしい。
「中村、お前最高!」
「うっさい、大前!」
ボスッと軽く大前君の腹部に拳を埋めるが、クックッと笑いを堪えるのに精一杯な彼にはダメージもゼロだったみたいだ。
あー、腹立つ!
大前君の奢りなんだから、めちゃくちゃ飲んでやるわっ!