君にドキドキする瞬間



「…………」



元の体勢に戻ったおじいさんが、言葉が出ずに呆然としている私に頭を下げる。



「すまんねぇ」



そのよろよろした姿に何かを言えるわけがない。



「いえいえ、どうぞ」



ぺこっと頭を下げると、そそくさとその場を離れようとした。


が、人が多すぎて動けない。



いや、これっておじいさんの前に立ってなきゃいけない状況!


めちゃくちゃ気まずい!



おじいさんのかさかさの唇が頭を過る。



キスされたいとか、……絶対に思わねぇ。



そう思って一人ガクッと肩を落とした瞬間、グイッと腕を引っ張られた。


その勢いで人を掻き分けて、少しだけ空いていた空間にスポンッと私の身体が納まる。


クックッと頭上から聞こえてくる笑いを必死に堪えている声。



あー、やっぱり大前君だよ。


助けてくれたのはありがたいけど、明らかにさっきの事を笑ってる。



顔を上に向けて、じとっと大前君を見つめるけれど、彼の笑いは止められないらしい。



「中村、お前最高!」


「うっさい、大前!」



ボスッと軽く大前君の腹部に拳を埋めるが、クックッと笑いを堪えるのに精一杯な彼にはダメージもゼロだったみたいだ。



あー、腹立つ!


大前君の奢りなんだから、めちゃくちゃ飲んでやるわっ!


< 8 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop