風がさらった恋心。
だけどそれに気付かないふりをした。
だって、引き止める理由なんてない。
そこまでして伝えたいことなんて、ない。
きっともう一岡くんと話すことなんて、ないに等しいと思うし、構わないよね。
「……ありがとう。千葉さん、気をつけて帰りね」
こっちを見ることなくそう言うと、彼はそのまま走って部活へと戻って行く。
タン、タン、と遠ざかっていく足音を聞きながら壁に寄り掛かった。
ひんやりとしたコンクリートが気持ちいいと思える季節には、まだ少しだけ早い五月。
高校に入ってからは、人と最低限でしか関わろうとせずに過ごしてきた。
だからなのかな。
傷付けない距離感や言葉、感覚を、私自身忘れてるのかもしれない。
……ありがとう、か。
そんな言葉を言われたのは、いつぶりだろう。
久しぶり過ぎて思い出せない。
だけど、思い出せないほど随分前に、ぽっかりと大きな穴を開けた私の心にはその言葉はさほど響かない。
……だって、その一言にどれほどの感情があったかなんて分からないでしょ?