先生、近づいても、いいですか。
「うん………出たく、ない」






ほとんど無意識のうちに、俺は素直にそう呟いていた。





俺の心を読みとろうとするように、春川の瞳がひたりと俺の目をとらえる。






「先生、電話、出てください。


出たほうがいいと思います」






いつになく強い口調で、春川が言った。




こんなふうに断定的な言い方をするのは、春川にしては珍しかった。






「無視なんて、しちゃだめです。


だって………家族なんですから」






その言葉を耳にした瞬間、春川の小さい時に父親が死んだということを思い出した。




今は、早朝から深夜まで働く母親と二人きりの生活。




きっと、父親がいないことで、どうしようもなく寂しい思いをしたことがあるだろう。




家族が欠けてしまったことでーーー






だから人一倍、家族というものを大切に思っているのかもしれない。





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