先生、近づいても、いいですか。







夜の公園のベンチ。




俺と春川は少し離れて、その端と端に腰かけた。






「ーーー俺の実家は、クリーニング屋なんだ」






小さく呟くと、春川は静かでまっくずな視線を俺に送ってきた。




その瞳に心を溶かされるように、俺は誰にもしたことのない話を始めた。






「親父はサラリーマンをしてたんだけど、ある日突然、家族に何の相談もなしに、会社に辞表を出したと言った。


俺が小五のときだったかな。


会社勤めにはもううんざりだ、自分で店をやる、って。


母さんはすごくびっくりしてたけど、親父に従順なおとなしい人だから、何も言わなかった。


退職金全額をつぎこんで、親戚に借金までして、クリーニングの機械を買って、店を開いた。


全部、母さんにも俺にも相談も報告もしないで、勝手に自分で進めた。


経営の知識なんてなかったから、最初から全然うまくいかなくて、すぐに家計は火の車になった」






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