先生、近づいても、いいですか。
春川が心配そうに覗きこんでくる。




でも俺は、安心させるように微笑むことすらできなかった。






「………荷物の中に、封筒が入っていた。


母さんの字で、俺の名前が書いてあった。


いつの間に入れたんだか………。



中には、当面生活に困らないくらいの金と、一言だけの手紙があった。


『後悔しないように自分の道でがんばりなさい』………って」







家出同然で飛び出した息子の荷物にそんな手紙を入れたときの母親の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうだった。






「………でも俺は、意地張って、礼の電話もしないで。


そのまま大学の間、一度も家とは連絡とらなかった。


教員採用試験を受けることも、相談しなかった」






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