夫婦ですが何か?




いやいやいや、芹さん。


その発言はちょっと単純な夫様には誘惑的な言葉に感じて仕方ないのです。


多分冷静な彼女なら絶対に口にしない言葉と、哀れみ請う様な表情と声音。


それを真っ向から名指しで受けた旦那様の反応如何に?と、視線を絡めれば、にっこりと微笑み返され弾かれた言葉。



「千麻ちゃん、翠姫を寝かしつけなくていいの?」


「今・・・行くつもりでしたけど?」


「もしだったら一緒に寝ちゃってもいいよ。あとは俺が芹ちゃんのひーたん不満聞いておくから」



それは・・・。


暗に美味しい展開だから退散しろって事かしら?


まるで労わっているかのように向けられた言葉に目を細めて彼を見つめれば、意図の読めない微笑みで返され渋々従わざるを得なくなる。


はいはい、邪魔者は退散いたしますよ。


そうですよね。


滅多にない元婚約者様との逢瀬。


それはそれは語る事多い時間で、現妻がいたら盛り上がりも半減するでしょうよ。


そんなボヤキを胸にくるりと向きを変えると躊躇う事なく寝室に向かう。


私が背を向けた傍から形ばかりは彼女を宥めるような言葉を吐く彼と、酔いに負かせた危険な甘えを見せる彼女に気がつきながら本来予備のピースにすぎなかった自分を外に閉めだした。


そして久方ぶりの感覚にその身が染まるのを感じた。


胸に抱く愛娘。


寝息を立てているその目蓋は降りていて、でもその奥に彼譲りの綺麗なグリーンアイがある事を知っている。


でも・・・、


もし、あの時彼が今の選択をしなければ私がこうして隣に身を置くことはなくて。


今抱くこの愛おしい我が子も存在することはなかったのだ。


あの時・・・・あのまま彼と彼女が結婚していたら?


この家で夫婦をしていたのは現状もリビングに身を置く2人だったのかもしれない。


今こんな事を考えたところで何の意味も為さないと知っている。


私を裏切る彼だとも思ってはいないし、芹さんもどんなに愚痴ろうがその気持ちは雛華さんにある物だとも知っている。


でも、


でも、もし・・・、


許されるのであれば?


もし、もう一度その選択を許される場があったとしたら、やり直す瞬間が奇跡的にあったとしたら。


それでも・・・、


今と同じ答えに望んで進んでくれるものだろうか?


あの成行きで私を取った時間に・・・。


選んだりする?


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