夫婦ですが何か?
一瞬の困惑。
まさか2人で場所を変えたのだろうかと玄関の靴の有無を確かめようかと体を捻りかけた瞬間。
微かに耳に入りこむ話し声。
でも何か一枚隔ててのそれに再度視線を走らせれば揺れるカーテンに目が留まる。
ふわりふわりと揺れるそれは僅かに窓が開いて夜風を取り込んでいる事を告げて。
そして風と一緒に入りこむ話し声。
ああ、2人はベランダで話しているのだと理解するとゆっくり近づき。
窓を開けて会話に入りこむ手もあっただろうに、どこかその勇気なくカーテンの死角に身を預けると、微かに聞こえる会話に耳を澄ませてしまった。
聞こえてくる声は楽しげで、どうやら芹さんの口調や話し方からだいぶ酔いは醒めたのだと理解する。
話す内容は過去にああしたこうしたとか、お互いの子供の話とか私が懸念するような雰囲気は一切皆無で。
こうなってくると身を隠して聞き耳を立てている事の罪悪感と惨めな姿。
馬鹿らしいとその身も晒そうか迷ったタイミング。
『でも・・・本当に千麻さんは良い奥さんですね』
『ん?芹ちゃんも奥さんして、お母さんして頑張ってるでしょう?』
『頑張ってますけど・・・、空回りもたくさん。雛華さんの奥さんをして、日華のお母さんをして。悪戦苦闘もしますけど・・・幸せなんです・・・・』
『まぁ、あの雛華の奥さんする時点で悪戦苦闘だよね』
何となく自分が練りこまれた話題が始まった瞬間にその身を出せなくなって息を殺せば、今の現状について語りだした芹さんと軽く冗談めいた突っ込みを入れる彼。
一瞬は彼の突っ込みに納得して口の端を上げ、でもすぐに彼女の言葉にその弧を消していく。
『幸せ・・・なんですけど・・・』
『ん?』
『たまに・・・・・あっ、変な意味とかじゃなくて、今に不満あってとかじゃなくて・・・考えるのは、
あの時・・・もし茜さんと結婚してる道を選んでたらどうなってたんだろうって・・・・』
『・・・・・雛華を選ばないで、俺と結婚してたら・・・ね』
『今こうして、ベランダで語る時間は夫婦としてだったのかなって・・・、抱く子供は茜さんとの子供だったのかなって・・・何となく思いました』
『まぁ・・・・あの時、その道を行ったらそうだっただろうね』
ああ、何だろう。
少し・・・・胸が痛い気がする。