スケッチブックに描くもの
「桃李。ほら行くよ」

 またまた放課後の三年生の教室。

「迎えに来なくても行くってば」

 桃李恥ずかしいがり屋過ぎるよ。私が掴んだ腕を離そうとしてる。


「到着」
「美術室は知ってるから。アリス、腕」

 もう、恥ずかしがり屋め。桃李の腕から手を外し中に入る。もう何人かは来ていて書き始めている美術部員。特に親しくないと挨拶はしない。文化部の悲しいとこだね。
 美術室のさらに奥の倉庫から絵を出してくる。乾くまで実は一週間かかってるんで本当は一週間前に絵は出来ていたんだけどね。白い布をかぶせたままイーゼルに置く。

「アリス凝り過ぎ」

 他の部員がいるからだろう小声で桃李が言う。
 私はチラッと布をめくり覗いて上下を確かめてから息を吸って、白い布を取る。
 私は桃李を見つめる。桃李は絵を見つめる。

「どう?」
「これ俺か?」
「正解!」
「スケッチと記憶だけで描いたんだよ」

 桃李のたくさんあったテニスのスケッチを元に描いた。これを描く事ができるまでに時間がかかった。ようやくあの涼がたくさんいて、手紙も書いてあるスケッチブックを開く事ができるようになり、さらにテニス姿を描くには時間がかかったけど。

「これ、スケッチブックに描いてたのか? あの時に」
「桃李テニス辞めてからじゃ描けないでしょ? 気づいたら描いてた。なんか綺麗だったの」
「綺麗ねえ」

 その言葉は恥ずかしかったんだろう。そんな顔。

「今度はいいですか部長?」
「もう部長じゃないし。絵の事わからないけど。いいと思うよ」

 そろそろ他の部員に迷惑なので絵を戻して今日はこのまま帰宅する。


「ねえ、何で今日見せたかわかる?」

「え? 出来たからじゃあないのか? 今日は、ん?」
「三ヶ月前に桃李が私に付き合ってって言った日だよ」
「なんでそこだけ取り上げるんだよ」
「もう、そんなに経ったのに!」

 と、桃李の腕を取り絡める。

「お、おい!」
「そんなに経つのに腕も組まないの?」
「組んでなかったじゃないか、前」
「前は前! 今は今! 大人になったのよ、少し」

 そう、私はほんの少しだけど、傷つき大人になった。ほんの少しだけど。

「何が大人になっただよ」
「後悔したくないから。しとけば良かったって思いたくないの。だから、するの!」

 私が思い描いた未来ではなく、今この瞬間、この時をどうしたかで変わる未来もあるかもしれない。だったら今しておこう。
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