不純な理由で近づきました。
「……悪い」
思わず、目を見張る。
…………一ノ宮くんがしゃべった。
いや、それより驚いたのは、一ノ宮くんの声。
何、この声……
たった、一言なのに。
一ノ宮くんが発したのはたった一言だけだったのに。
一ノ宮くんの声が、耳に残る。
「恭が無愛想でごめんね。悪気があるわけじゃないんだ」
苦笑ぎみな枢くんの声が聞こえる。
いつもなら聞き惚れてしまう甘いテノールの声も、今は響かない。
それよりもっと、もっと、一ノ宮くんの声が聞きたい……
「じゃあ、」
「あ、はい……」
……って、思わず見送ってしまった。
どうしよう、とあたふたしているうちに二人の背中は見えなくなって。
せっかくのチャンスが……
さっきの自分殴りたい。
「はぁ……」
長いため息を廊下に落とし、わたしは職員室に向かい、ノートを置いて、教室に戻った。
家に帰る途中、思い出すのはさっき聞いた一ノ宮くんの声。
『悪い』と言われたとき、もう本当に雷に打たれたような衝撃だった。
枢くんよりも低めのバリトンボイス。
『悪い』という単語がやけにセクシーに聞こえて。