ぎゅっと抱きしめて~会議室から始まる恋~
 


それなら、

『期待に応えられず、ごめんなさい』

とか?



うーん……。

謝るのも、変かも。

息子さんと、付き合っていたわけじゃないし。



頭の半分は伝票整理に、もう半分は川原田家について考え続けた。




久遠さんは忙しいみたいで、あれっきり。


お昼休みも済んだ午後1時過ぎ、私が仕事に戻った途端に、外線電話が鳴り響いた。



これはきっと、川原田さんだという予感がした。


前回うかがったのは一週間前だから、そろそろ呼ばれそうな気はしていた。



受話器を取ると案の定、川原田さんの奥さんからだった。




「夏美ちゃん、忙しいべか?

ちょっとの時間でいいから、ホップば見に来てくれねぇべか?」



「あの、今日はですね、
えーと……」




今日はどうしても断りたい。


きちんと説明できる言葉を見つけてから、行くことにしたかった。



適当に理由をつけて断ろうとしていた最中に、受話器が後ろの誰かに取り上げられた。


慌てて振り向いて、それが久遠さんだと知る。



久遠さんは勝手に、川原田さんと話し出した。




「ホップ生産者の川原田さんですか?

本日、カントリー麦酒に社長就任した、久遠と申します。

早い内にご挨拶にうかがいたく思っておりましたので、ありがたく、これから田丸と一緒に、そちらに向かわせてもらいます。

それでは」




通話の切れた受話器を返されて、
嫌な予感に、私は戸惑うばかり。



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