ぎゅっと抱きしめて~会議室から始まる恋~
彼の作った酢豚を、口に入れた。
一口噛むと、豚肉から肉汁がジュワ〜と染み出した。
野菜それぞれの火の通り具合が絶妙で、
何よりタレが絶品だった。
何これ……
これが酢豚なの?
これが酢豚だと言われたら、
私が作った物は、ただの豚と野菜のケチャップ炒めになってしまう。
「美味しいです……」
「当たり前だ。
俺が作った物は、ビールも料理も完璧に決まってる。
冷めない内に、食え」
余った材料で作ったから、
彼の酢豚は一人前の分量しかなかった。
それを私が食べ、
久遠さんは私のマズイ酢豚を、
二人分、黙々と食べている。
何だろう、この気持ち……。
久遠さんがどういう人間なのか、
分からなくなった。
昨日初めて会った人なので、分からないのは当たり前。
でも、私のために酢豚を作ってくれた彼を見ると、
昨日より、もっと分からなくなった。