水平線の彼方に(下)
「大体、子供が首を突っ込むべきじゃないよ。相手は大人なんだから、いろいろと予定もあるのさ」

捨て台詞のような感じ。いかにも私が子供みたい。

「おばちゃんの意地悪!私子供じゃないよ!」

怒って居間から出る。こういう行動自体が子供だと分かってはいるけど…。

(でもでも!絶対して欲しくない!お墓〈お姉ちゃん〉の前でプロポーズなんて…!)

お兄ちゃんには、お姉ちゃんのこと、忘れて欲しくない。

生きてたことやお姉ちゃんを好きだったこと。

語ってくれる人は、家族以外にもいて欲しい…!


(あの人さえいなければ…)

逆恨みだというのは分かってる。全てを彼女の責任にするのは間違ってる。
でも、この時の私は、彼女を排除することしか、頭に浮かばなかった…。



鏡の中に映る自分の姿が、いつも以上に姉に似ている…。

まるで生き返ったように、こっちを見つめている…。


(…教えて…あの日、一体何があったの…?)

写真の中の二人。
華奢で女らしくて、どこか優柔不断だった姉と、日焼けして逞しくてどこか頑固そうなお兄ちゃん。
外見は正反対だった。でも、内面は似通ってた…。
落ち着かなくて浮ついてて、いつもお互いを自分の思う通りにしようとしてた…。

だからケンカばかりして…
言い合ってばかりいて…


でも、現在(いま)は……


夕飯が済んで、昔のサーファー仲間の家に行くお兄ちゃんを、彼女が見送ってる。
お互い相手のことを気遣い、言葉を交わしてる。

こんな優しい雰囲気が、姉との間にあったなら…。

信頼し合ってたのか、無関心だったのかは知らないけど、確かに過去(まえ)とは少し違ってる。
まるで知らない人になったみたいで、お兄ちゃんのことを遠くに感じた…。



「お兄ちゃん…変わった…」

部屋で二人きりになって呟いた。彼女は不思議そうに首を傾げた。

「前はあんな感じじゃなかった。もっとワイルドで、挑戦的で、シビアだった…」

「シビア…ワイルド…? ノハラが…?」

笑い出しそうになるのをぐっと堪えてる。
この人にしてみたら、私の言ってる事は面白いのかもしれないけど…。

「でも今よりもずっとカッコ良かった!」

悔しくて叫んだ。驚いていた彼女が、済まなさそうに目を伏せた…。

「そうかもしれないね…」

否定もせず、私の宝物を見つめる。
知らない姉とお兄ちゃんとの時間。それを笑う権利など、誰にもない…。

「私の知らないノハラがいても当たり前よね…彼も私の事を全部知ってる訳じゃないんだから…でも今の彼は、私の知る限り、昔とちっとも変わってないよ」

落ち着いた声で話す。

「昔って…中学の頃?」

彼女の方を向いた。

「…うん」

懐かしそうな顔。少しだけ唇に笑みが浮かんだ。

「子供だった分、今よりももっとやんちゃだったけど、全体的な雰囲気は変わらないよ…」

私の知らないお兄ちゃんの姿が、彼女の目には映ってるみたい。

「それがお兄ちゃんのホントの姿だって言うの⁈」

疑問が先走った。嫉妬心みたいなものが、心の底から湧いてくる。

「決めつけないで!お兄ちゃんのこと、全部分かってるみたいな言い方されたら腹立つ!」

イライラがピークに達してる。これだから伯母さんに子供呼ばわりされるんだ。


「……ごめんね…」

怒鳴られた彼女が素直に謝った。

「そういうつもりじゃなかったんだけど…私は、今のあの人しか知らないから…」

肩を落とし、しょげてる。これじゃーまるで、私がこの人をいじめてるみたい。

「もういい!」

何も聞きたくなくて背を向けた。
写真の中のお姉ちゃんが、少し悲しそうな顔に見えた…。

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