水平線の彼方に(下)
「オレから別れを告げられて、萌は狼狽えた。今までどんな事があってもそれを言ってこなかったから、本気だというのが分かったんだと思う…急にオロオロして、その場を取り繕う様な態度を見せたんだ…」



『どうしてそんなこと言うの…⁈ 私が言ったこと酷過ぎた⁈ …だったら取り消す。これからは言うことちゃんと聞くから…!』



「泣き出しそうな顔をしてたのに、オレはそれに答える気にならなかった…。萌の顔すら見たくなかった…」

苦々しそうに顔を歪ませた。
お兄ちゃんの隣で、彼女が辛そうな表情を浮かべてる。


「伯母さんから…萌が海に行ったと聞かされて…」

重い口を開く。厳しい顔をしたまま、お兄ちゃんがあの日を振り返った…。

「最初は…なんの嫌味かと思ったんだ…」

気を引きたい子供のような行動に呆れてしまった。

「探しになんか行くもんかと思ったのも事実だ…。それくらい、バカらしかった…」

お兄ちゃんにしか分からない気持ち。
でも同じ女としては、お姉ちゃんの気持ちがよく分かった…。



「…振り向いて欲しかったんだよ…きっと…」

彼女の言葉に顔を上げた。
悔しそうに唇を噛みながら、それでも思いを伝えた。

「それくらい、好きだったんだよ…ノハラのことが…!」

目の中に涙が潤んでた。
お姉ちゃんじゃないのに、まるで本人みたいな言い方だった…。
泣き出しそうな目でお兄ちゃんのことを睨む。
ぞっとするような鋭い視線に、ごくっと息を呑んだ…。

「…私にこんな話を聞かせて…面白い⁈ …とっても不愉快…聞きたくなかった…!」

手を振り払って背を向けた。
ぎゅっと握りこぶしを作り、その場を走り去った。

「花穂…!」

「お兄ちゃん…!」

呼び止めた私を振り返った。
申し訳なさそうな顔をして、謝られた…。

「綺良ちゃん…ごめんな…」

懺悔の言葉…。
自分をずっとずっと責め続けてきたに違いない…。

姉を見放したことを…

直ぐに探しに行かなかったことを…

きっと、ずっとずっと

後悔し続けていた……。



「……ごめんなさい…私……」

言うべきじゃなかった。

聞くべきじゃなかった。

少なくとも彼女のいる前で…。

現在(いま)を歩き出した人に向かって…。



何年経っても、姉の死を受け入れられなかった。
自分と違って、たった四年で新しい彼女を作ったお兄ちゃんが許せなかった…。
でも、今もお兄ちゃんは忘れてない…。

あの日の後悔を…
あの日の苦しみを……
好きだった人の…ことを……。


「ごめん…なさい…」

小さい頃のように声を上げて泣きじゃくった。
ホントは彼女を追いかけたかった筈のお兄ちゃんは、仕方なさそうに私の側にいた。
私から離れず、頭を撫でてくれた。

「もういいよ…泣かなくて…」

優しい声の響き…。
自分ではなく、心の中に棲む、お姉ちゃんに言ってるみたいだった…。

胸がいっぱいになってしがみついた。

声を上げて、

たくさん、たくさん、涙を流した…。


もう二度と還らない姉の恋心と

自分の淡い初恋に

別れを告げるように………。
< 18 / 56 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop