水平線の彼方に(下)
夜の砂浜は静かだった…。
波打ち際まで歩いて、二人で座った。
打ち寄せる波が砂を洗い、海に帰って行く…。
その様子を黙って見つめていた…。

「…言いたいことがあるなら話せよ」

そう切り出したのはノハラだった。
朝からずっと黙っている私を思って言ったことだと分かっていた。でも、素直になれるような心境じゃなかった。

「話したいことなんかないよ…何も…」

砂を指で擦りながら呟いた。
彼と二人でこんな寂しい場所に来たくなかった…。

「嘘つけ。朝からずっと黙り込んで、考え事ばっかしてるじゃねーか!」

「何も考えてなんかないよ!思い出してただけだよ!」

つい言い返した。話したくないことを話すきっかけを、自分から作ってしまった…。
ハッとして視線を逸らす。
言いたくない自分の気持ちとは裏腹に、ノハラが問いかけてきた。

「…何を⁈ 」

ぐっ…と喉が締まる。
口にしてしまった以上、話さなければならない。

あの寒い冬の日のことを……。


「…ノハラの話を聞いて…萌さんの気持ちが手に取るように分かったの……あの日の私と…同じだったから…」

辛くて悲しくて堪らなくなって部屋を飛び出した。
汽車に乗り込み、見つけた海に行った…。

癒やされたいと…慰めてもらえると…どこか期待したから…。

「彼に突然別れを切り出されて、一人きりにされて、萌さんと同じように海へ行ったの…。冬の海は荒れてて…波は高くて…風も強くて…」

嵐の前の夏の海と違ってたのは、季節だけだった…。

「絶壁の上でいろんな事思い出してた…。思い出せば思い出す程、心が乱れて落ち着かなかった…」

なんとかしたくて岩の上に立ち上がり、大きな声で何度も叫んだ。
心の底から彼を恨みたくて、大嫌いになりたくて…。

「でも…どうしても忘れられなかった…何をしても、気持ちが彼に戻って行くの…それが嫌で嫌で、堪らなくて…」

二度と話さない、二度と思い出さない…。
そう、誓った筈なのに…

「死ねたらいいのに…って、思った…」

ギョッとする彼をチラリと見て続けた。

「死んだら彼が私のことを思って、後悔してくれるかもしれないって。私のことを思って、泣いて謝ってくれるかもしれないって…。そう…思った…」

吹き飛ばされればいいと思った。風に流されて、落ちてしまいたいとさえ考えた。

「なのに、死ねなかった…。死ぬのも怖かったし…第一、身体が拒否するの…。強い風が吹く度に、吹き飛ばされないように、足を踏ん張って…」

荒れ狂う海の中に、落ちて行く自分を想像したら恐ろしかった。
たった一人で、あんな寂しい場所で死ぬのも怖かった…。

「…萌さんも…怖かったと思う…想像以上に、波が力強くて…」

身震いを避けるように両手で自分を包んだ。暗い海の彼方に、水平線は見えなかった…。

「ノハラに見つけてもらうまで…ずっと助けを呼んでたと思う…ノハラに…助けて欲しいと…叫んでたと思う…」
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