水平線の彼方に(下)
目が覚めると、部屋がいつも以上に明るかった。

(…何時!?)

時計を見て驚いた。
八時。朝のバイトに起きれなかった…。

「ヤバい!おばちゃんに怒られる!」

慌てて着替えて下りて行った。

「…おはよう綺良さん」

エプロンを身につけ、朝ご飯を作ってたのは花穂さんだった。

「…おばちゃんは…?!」

寝ぼけ眼で聞いた。

「ノハラと仕事してるよ。綺良さんが起きたら、今朝は休んでいいと伝えるよう頼まれた」

手際よく料理してる。
自分にはできない事をさっさとこなされると、嫌でも相手が大人に見える。


(…でも、そうか…競うの止めたんだ…)

お兄ちゃんが笑って生きていけるよう、見守るって約束したんだった…。

「今朝、帰って来たの?」

二人だけの朝食。質問に花穂さんが真っ赤になった。

「う…うん…」

大人同士の夜をあれこれ詮索する気はない。
単純に帰ったか帰らなかったか知りたかっただけ。

「そう…」

そのまま、お兄ちゃんは仕事に行ったって訳か。

モグモグと頬張るおかず。沖縄料理じゃないけど美味しい…。

「ごちそうさま…美味しかった…」

箸を置き手を合わす。万物の霊に対する感謝。ついでに花穂さんにも…。

「良かった…お口に合って…」

素直な人…。だから選ばれたのか…。


ご飯の後、いきなり暇になった。急にバイトが休みになって、何をしたらいいのか分からない。

(どうしよう…何しよう?)

自宅なら街も近いし友達もいる。
でも、ここは市街から離れてるし、出かけるにも時間がかかる。

(いっそこのまま家に帰る?!)

お兄ちゃんに失恋したのは決定的。だったら私がここにいる意味もない…。


「帰ろうかな…」

小さな呟きを、伯母さんは聞き逃さなかった。

「それでもいいよ。一週間くらい休んでおいで」

あっさりたもん。最初からお兄ちゃん達が来たら帰りなと言ってただけある。
 
「じゃあそうする」

こっちも負けじ劣らず。売り言葉に買い言葉のような感じで荷物をまとめだした。

オロオロとしながら花穂さんが部屋に来る。
荷物をまとめてる私に向かって、恐々と声をかけた。

「綺良さん…今度いつこっちに来る?」

心配そうな顔。何が言いたいのか…。

「うん…と、お兄ちゃんが帰る頃…かな」

いる間は仕事の手伝いもいらないと思う。私なんかより、はるかにお兄ちゃんの方が役に立つから。
それを聞き、困ると言い出したのは彼女の方。

「私、あと四日もすれば地元に帰るから、帰ったらここへ来てくれない⁈ 」

なんでよ…
という言葉は呑み込んだ。彼女の帰った後、お兄ちゃんを独り占めできると思ったから。

「い…いいけど…別に…」

帰ったからと言って特にやりたい事がある訳じゃない。久しぶりに友達たちと会って遊ぶだけ。

「ホント⁉︎ 良かった…!ありがとう。綺良さん」

手を握って喜ぶ。不思議なほど安心する彼女に、どうしてなのか理由を聞いた。

「どうしてそんなに喜ぶの⁈ 私がお兄ちゃん取っちゃうかもしれないよ⁈ いいの⁈ 」

宣戦布告。白旗はすでに立ってるけど。

クスッ……笑われた。

「綺良さんになら彼を取られても許せるけど、他の人は嫌だから…見張り番…お願いね」

最初から私はライバルじゃないみたい。だからそんなに呑気でいられるんだ。

(ちぇっ…バカにしてる…)

勝負する前から結果が決まってるなんて面白くもなんともない。
嬉しそうに部屋を出て行く彼女の背中にあかんべー。
でも、全然腹が立ってない。むしろ少し距離が縮まった気がしてる。
亡くなった姉から頼み事されたような気分。それが何処となく、くすぐったかった。


「綺良さん、また会いましょう。さっきの事、よろしくお願いしますね…」

バスに乗り込む前に念押し。
年上の人に頼み事するような丁寧さに、思わず緊張させられた。

「は、はい…!」

返事に笑顔が戻って来る。
その顔に会えたのは、この夏、それが最後だったーーー。
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