水平線の彼方に(下)
「花穂に初めて萌の話をした時、それは違うと気づかせてもらった…萌がオレを縛ってたんじゃない…自分が自分を許せなかっただけなんだ…って…」

「だから好きになったの?花穂さんのこと…」

姉になった気分で聞いた。お兄ちゃんはフッ…と短く煙を吐いてこう言った。

「そうじゃないよ。何かがきっかけで好きなったんじゃない。いつの間にか、大事な存在だと気づいただけだ…」

好きとか嫌いとか、そんな単純な言葉で語れる程、軽い存在ではないとお兄ちゃんは言った。

「同級生として、友人のままでいた方がいいとも思った…。でも、手に触れるとそれだけでは足らない気もした…」

友人として付き合っていれば、余程のことがない限り、一生付き合っていける。
でも、そこに恋愛感情が混ざったら、壊れることもあるかもしれない…。

「気持ちってやつは100%じゃない。特にオレは、自分から萌に別れを切り出したような男だし…」

姉の時と同じように、花穂さんに別れを告げる日が来るかもしれない…。
不確かな気持ちに左右されてまで、誰かと共になりたいとは考えられない…。

「花穂のことを大事に思えば思う程迷った。今回だってそうだ。あの話をしてから、オレのことをどう思っただろうと気になった…」

「……ごめんなさい…私が余計な事を聞いたから…」

知らなくてもいい事を聞かせてしまった。お兄ちゃんが一番隠しておきたかった事だったのに…。

「いいんだよ。綺良ちゃんのせいじゃない。オレが花穂に隠しておくのをやめたんだ。一緒になるなら全部知らせて、オレという人間のズルさも知った方がいいと思ったから…」

ショックは思った以上に大きかった。
だからあんな風に怒った…。


『私にこんな話を聞かせて…面白い⁈ …とっても不愉快…聞きたくなかった…!』


悔しそうな顔で睨んでた。お兄ちゃんを、海の底をーーー。

「花穂さん…お兄ちゃんを許してくれた?」

あの夜、戻って来なかった。
気になって聞いたのは、二人がケンカになったんじゃないかと心配したから。

「許すとか許さないじゃないんだ。花穂はただ、自分の過去に苦しんでただけだ…大丈夫、怒ってなんかない。その証拠に、次の日いつもと変わらなかったろ?」
「…そうだけど…」

美味しい朝ご飯を用意してくれた。明るい笑顔で見送ってくれた…。

「いつかは必ず話すべきことをあの日に済ませただけのこと。綺良ちゃんは気に病まなくていい。それより…何か悩んでることがあるんだろ。この間、オレ達の話をやたら聞きたがってたけど…」

ギクギクッ‼︎
お兄ちゃんはやっぱ鋭い。気づいててわざと知らん顔してたんだ。

「話してみろよ。またいつここへ来るか分かんねーから、それまで気になる」

ホントのお兄ちゃんみたいに心配してくれる。
亡くなった姉の代わりに、私の相談役を買って出てくれた……。
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