透明な君へ
そして、ゆっくりと開けられたドアから覗いたのは、“は”まで行けずに「こんにち……」のまま固まった佐伯実華の姿だった。
驚いたように見開かれた大きな目と、完璧に微笑んでいる形の唇。
その見事なまでのちぐはぐな表情に、僕は思わずははっと吹き出してしまった。
彼女は、僕が何がおかしくて笑っているのか分からないのだろう。
そのくるくると大きな目の上の眉毛で、ハの字を作る。
「驚かせちゃってごめんね。今日から担当が僕になったんだ」
野咲透夜です。よろしくね。と差し出した僕の手は、よく皆から色白で綺麗だと言われ、女性からは羨ましいとまで言われる。
自分ではあまり嬉しくはないのだが……。
その僕の手に応じた佐伯実華の手は、僕のそれとはまた違い、透き通るような白さでとても小さい。
手を合わせて握手しているというよりも、僕の手が包み込んでしまっているという感じだ。
一言で言えば、“可愛らしい”。
しかし、その手が微かに震えているような気がするのは気のせいか……?
「あ……あの、さ、佐伯実華です。よろしく…お願いします」
20歳の女の子にしては少し幼いような声が、見事にデクレッシェンドしている。
ぺこりと頭を下げると、ほんのり茶色に染められた長くて真っすぐな髪の毛達が、さらさらと動きを見せた。
「よろしく!これから、一緒に頑張っていこうね」
そう言うと僕は少し屈み、佐伯実華の顔を下から覗き込むようにして微笑んだ。僕よりも明らかに15センチか20センチは小さい彼女が、俯いたまま顔を上げないでいたからだ。
僕は、きっとそこには、突然新しい担当医に変わった為に少し戸惑い少し緊張して少し照れている……そんな佐伯実華がいると思っていた。
でもそれは間違いで。
僕が覗き込んだ佐伯実華は、ぎゅっと固く目を瞑り、苦痛に顔を歪めていた。